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ぬち、ぐち、という音がする。
その度に粘ついた甘い液体が咽喉を滑り、僕の体温はまたひとつ上がった。
あまい、あまい。舌先でつつけば止め処なく溢れてくるそれを一滴たりとも零したくなくてじゅるりと啜る。すると吸引の感触に刺激されたのか柔い肉襞がぴくりと震えた。
「――! ――」
途切れ途切れに上がる鈴の音。心なしか震えているような気がして、嗚呼、気持ちいいのか、と嬉しくなった。
いつの間にか化け物を押し倒していた僕はとにかく飢えていた。
まるで数日振りにありつけた飯のような勢いで彼にむしゃぶりつく。
両手で頭を鷲掴みしながらひたすらに彼の口腔を犯した。
相手が人間であったなら、なんとも青臭い接吻だと思われたことだろう。
しかし僕の腹で暴れ回る衝動はそんな生温いものではなかった。中を覆う粘膜という粘膜を、それを最も纏わせている舌の根元から吸い尽くし、食い尽くしてしまいたいほどに荒々しい。漸く離れる頃になれば酸欠寸前だった。
果たしてこれを口付け、などと評していいものか。
それを決めてくれそうな存在は、生憎とこの場には誰もいない。
口端から溢れ出た唾液の先を追いかけて舐め取る。あまい。水飴のような味だ。もう一度吸い上げて堪能したい衝動に駆られたが、不意に腰の辺りで小さな衝撃を感じて少し冷静になる。
いつの間にか僕の腰は化け物の足に絡み付かれていた。ぐいぐいと股間が押し付けられている。僅かに腰を引いて見下ろすと、丁度陰嚢が収まっている場所に小さな染みができていた。
ふわり、と立ち上るあの匂いに鼻腔を擽られ、興奮のボルテージが上がってゆく。呼応して膨れるズボンの中心。形が判るほどにくっきりと盛り上がったそこから、徐々に痛みを覚え始めた。
――我慢できない。
そう思った頃には既に僕の両手はベルトのバックルに手をかけていた。性急な手つきで留め具を外し、下着ごと一気に脱ぎ捨てる。
すると眼下の化け物は満足そうに表情を蕩かせてころりと鳴いた。つるりとした股間の中心が、待ちわびたぞと言わんばかりに愛液を溢れさせている。
僕はソコへ、顔を埋めた。
あまい、あまい。
舌先でつつきながら音を立てて啜ると、噎せ返るほどの甘美がとぷりと溢れ出た。その源泉を暴くためにより深く差し込んでやれば柔い肉壁は蠢き、引き込むように僕の舌を締め付ける。
化け物の手が僕の後頭部を押し込みながら激しく這い回る。視線だけで仰ぎ見ると、彼は真っ白な頬を薄く上気させながら堅牢な顎を突き出していた。
途端、晒されるくっきりと隆起した喉。その頂が僕の名を呼ぶときや歌を口遊むときには大きく上下するのを知っている。
捻子が緩んだようにだらしなく開いた唇。そこから零れているものが恍惚を纏った熱い吐息だということも理解していた。
法悦に蕩け微笑む表情は、見知った人物のものでありながら別人のようであった。頻りに聴覚を支配する焦れったい嬌声は最早人間の声帯ではなく、そのせいで何を言っているのかまるで理解できない。そして僕自身も、これほどに異常な光景を目の当たりにしながら彼を貪りたい獣の衝動を律せずにいた。
この甘ったるい性の匂いと壊れた理性が、彼と同じく獣性に身を委ねろと唱えてくる。
もっと彼の
舌の筋肉が疲労を訴えて感覚が鈍くなった。
顔を離し今度は指を突き入れる。熱くぬれそぼったそこが僕の細く節くれ立った二本指を飲み込むなど容易いことで、根元まで埋め切った瞬間、彼の内腿が僅かに痙攣した。
――ぐちゅ、くちゅくちゅ、くち。
中の粘液を掻き混ぜるように動かしてやれば、音はこれまで以上に卑猥さを露呈する。弛緩しきった隘路は力ない蠕動を繰り返すばかりで頼りない。
比較的浅い場所にある凸凹とした肉壁を指の腹でゆっくりと押し込んでやれば、きゅう、と蠢いて腰が跳ねた。
「――――! ――!!」
「そう……きもちいいんだね…」
舌を突き出して彼が仰け反る。
人の声など発せないのに、人の言葉など一度も口にできないのに、そう言っているように聞こえた。彼も僕の言葉がわかっているのかよく解らない態度で、へにゃりと破顔する。
純度の高い赤と目が合った。
ふ――
――あ、
笑っている。
悪心など感じさせぬ無垢な顔で笑っている。
だのに、僕らの行為はどうしようもなく背徳に塗れていた。
止まってくれと、心の中で何度命じたことか。
頭の中で強く念じたところで、既に精神と切り離されてしまった僕の身体は言うことを聞かなかった。
ぐちゅぐちゅと音を立てて彼の中を拡げ、十分に解れたところで指を引き抜く。
官能の蜜がてらてらと指先に絡み付き、糸を引いている。その手で自身の陰茎に伸ばし軽く扱くだけであっという間に硬度を増した。暴力的な快感に膝が震えた。
「……ッは、ぁ……」
まるで熱に浮かされでもしたように息が苦しい。いつの間にか呼吸は口で行っており、その吐息は熱く湿っている。
僕は化け物の両脚を抱えると、一気に腰を押し進めた。自制など効くはずもない。
ずぶずぶと埋まってゆく僕のペニス。熱い肉の感触に息が詰まる。
「――! ~~~~?」
彼の身体がびくりと跳ねる。しなやかな白い肢体が弓なりになると、今まで聞いた中でいっとう悩ましげな悲鳴を上げた。
耳鳴りがするほどの湖面に細波が立つ。小刻みに震える声が、幾つも波紋を広げている。
それはどこか、赤子がぐずるときの泣き声に似ているような気がした。
彼は痙攣が治まらないのか、自身の身体に腕を回してきつく爪を立てていた。波のように押し寄せる暴力的な性感を必死にやり過ごそうとする仕草が愛おしくも苦しくて、僕は目を細める。
彼は記憶より随分と白くなった髪を振り乱して涙を零していた。ころんころろんと叫びながら身悶えている。喘ぐように、溺れるように。色を失った唇を開閉させてがむしゃらに酸素を取り込もうとしている。その度に、彼の身体に敷かれている真っ白な鱗翅とオーバースカートが小刻みに揺れた。
彼と同じ動きをするそれら。それは、人ならざる者に変じてしまったという証左。
なんて、虚しい。
こんな場面で自覚せずとも、今彼を犯しているソコは人間であった頃にはなかったものだ。声だって違う。解っているはずなのに、その事実はどうしようもなく僕を打ちのめした。
「――――、」
「え……?」
彼は大きく胸を上下させながらゆっくりと腕の力を抜いた。だらりと重々しく持ち上げて僕の首へと伸びると、縋るような抱擁をくれた。
ほんの僅かだけ触れる程度に食む唇。少し前に交わした貪るようなものとは違う。その時間は、多分ほんの数秒程度だろうけれど、とても甘く濃密で、さも永遠のように感じた。
彼と目が合う。顔を離したのだと気付くまで少しかかった。肉欲に塗れた行為には似つかわしくない、花が散るような笑顔。どこか痛みを伴っているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
彼の唇が綻んでゆく様がやけにスローモーションに見えた。笑みは崩さぬまま、そして声は発さぬまま、暗がりからチラリと舌を覗かせながら唇の動きだけで僕に伝えようとしている。
嗚呼、そうか。
だからあのとき、君の表情は暗かったのか。
徐々に脳が理性が戻ってきていることは自覚していた。
けれど、やめられなかった。
『す ま な か っ た』
どうして、君が謝るの。
音なく紡がれた彼の科白は、甘いテノールの幻聴となって僕の脳に響いた。
「受けて立つって、言っただろ……」
こくり、とサリエリが頷く。
もう、腹を括るしかないのだ。
彼も、僕も。
「だからさ……謝んないでよ…」
彼の返事を聞く前に、僕は律動を再開した。
暗転。