観賞する恩讐

 満月の夜だった。
 その日は風が強く、せっかく洒落込んだ髪型も、ひと吹きでたちまち崩れてしまうほどであった。
 暴れ回る前髪は彼の気性を想起する。絶えず噴出する激情の源泉も、その勢いもなにひとつ制御できず、振り回されるがまま慟哭する姿は見ていて痛ましい。しかしどれほど心を痛めようとも、それは彼の理が許さないのもまた理解していた。
 そんな彼がいま、静かに佇んでいる。感情を奪われた人形のような顔で、決して辿り着けない地平線を眺めている。
 私は目を細めた。
 月のヴェールが彼の頬を白くしている。星の粒子が彼の髪に纏わり付いて煌めいている。
 極限にまで落とされた彼の色彩は、深紅の瞳をいっとう妖しく魅せている。
 私の口角が痙攣を始めた。
 彼の思考に想いを馳せようとして、やめた。恐らく互いの髪を揺らす風の激しさが答えだろうから。無力な灰である私にできるのは、ただ現状を受け入れて融けることだけ。この眼で、端正な彼の横顔を眺めることだけ。
「サリエリ」
 私と同じ喉が振り返った。