五
悪魔の宴が終わり、ボクは部屋の片隅に置いてあった襤褸布を亮に放って地下を出た。身体の大きい男を担いで長い階段を登る自信はなかったし、何よりこの場所から早く出たかったのだ。白状だと言われようが知ったことか。そもそもボクは、巻き込まれた側である。
行きと比べて随分と重くなった足取りで階段を上っていく。自身の体重を二本の足で支え持ち上げる作業が辛くて堪らない。地上が近くなればなるほど、全身の倦怠感が増していく。足音の反響に気を取られていたあの頃が馬鹿らしく思えてくる。もう何も考えたくない。ボクは無心で二階の寝室を目指した。
行きの倍ほど時間をかけてようやく戻ってきたベッドに倒れ込む。掌の汚れを落としたり、びっしょりと汗を吸った服を着替えたりするような気力など当然なく、ボクは急速に襲い掛かってきた睡魔に手を引かれるまま瞼を落とす。ほとんど気絶に近い入眠だった。
そして翌朝――とはいえ、太陽がないため正確には朝ではない。全く夢を見ないほどに深い睡眠から浮上すると、自分の全身が悲惨なことになっており、文字通り飛び起きた。すぐさま屋敷の裏手の川へ駆け込んで手を洗い、汗臭いインナーを洗濯する。そうして再び屋敷に戻ると、既に亮も起床していた。
亮はいつも通りの無表情を貼り付けて、帰還するボクの姿を一瞥していた。そこに昨晩の淫靡な風采はなく、ヘルカイザーに相応しい剣呑な威容を湛えている。地下で起きた出来事が、本当は夢であったのではないかと錯覚しそうになる。先程川へ駆け込んだのが紛れもない証左だとしても、彼の立ち姿が全てを空虚なものにしてくるのだ。
本人にその自覚は一切ないだろう。ボクが外で何をしていたのか話して地下の狂事を蒸し返しても、きっと大した反応は得られない。そうでなければ、自慰行為をボクに見られて平然としていられるはずがないのだ。
「…………」
ああ、ほら。ボクへの興味が失せたらしい亮は、手元のデッキに視線が移っている。 過去を棄てた男にとって昨晩の出来事は、終わったことなのだ。本人がその態度ならボクもそうするまでだ。
だが、どうしてだろう。
あのとき一瞬だけボクに見せた驚愕の顔が頭から離れない。
彼が自らの意思で受けた拘束だというのに――まさか覚えていなかったのだろうか。
彼の中で何かが起きたことは確かだ。
だがボクがいくら緻密に仮説を立てても、たぶん答えは得られまい。
亮に問うのは、どうしてか今ではない気がした。聞いても、碌な返答が来ないような気がする。
きっといつか知るときが来るだろう。
それまで、無事に元の世界へ戻れるよう監督を続けなければならない。
この日、最後の要撃を終えた僕らは、デュエリストが捕らわれているという収容所を目指した。