明月を喰らう - 4/5

    三

 薄っぺらな装甲が剥かれていくのに合わせて、顕わになる白い肌。
 シーツと溶け合うように、無垢な裸身は脂ぎった男の手によって暴かれていく。

「初めてだとは聞いていたが、随分と敏感な身体だなぁ」
「う、っ……はぁ、やめ……」

 猿山の目の前で、悪夢のような狂事が始まった。
 肥え太った男の腹が白く長い肢体を押しつぶしている。男はテーブルランプに照らされた亮の筋肉の凹凸を確かめるように、その太い指を滑らせていった。するり、するり。嫌らしい摩擦音が部屋の湿度を上げていく。
 性感を焚き付けるようなフェザータッチを繰り返された亮は、その動きに翻弄されるまま身を捩った。胸は浅く忙しなく上下し、頑なだった唇は艶めかしくほどけていく。

「ッ、ん!」

 男の指が亮の乳首を掠めた。びくりと体が跳ねるのに気をよくしたのか、摘まんでくるくると転がし始める。すると男は、徐にもう片方の粒へ顔を近付けた。唾液を垂らして乳頭を濡らすと、そのまま唇で柔く食む。
 瞬間、投げ出されていた亮の足が暴れ出した。ざらつきのある舌の感触が唾液の潤滑と相俟ってより直接的な刺激になったのだろう。男を引き剥がす余裕すらない両手はきつくシーツを握りしめ、せめてもの抵抗だと言わんばかりにパサパサと髪を振り乱す。
 ここへきて初めて、猿山の胸中に妙な細波が立って、凪いだ。

「そろそろ焦れったくなってきただろう? 今、ご褒美をあげよう」

 男はそう口にして、肉付きの薄い亮の太股を捕らえた。持ち上げてふたつの山を作ると、その間に自らの身体を割り込ませるようにして開く。谷底で緩く主張するそれに、男は手を伸ばす。

「うっ、んんっ」

 控えめに粘液の音が響く。しかしそれは亮にとって実に屈辱的な事実を突きつける音だった。紛れもない興奮と快感。男である以上、隠し通すことはできない。
 男はぬるついた性器の感触に「そうかそうか、気持ちいいのか」と笑った。握った幹を慣れた手つきで扱き上げる。この無垢な青年は他人に手淫される経験などなかったろうに、初めての男の見目の悪さから、猿山は僅かな同情心が湧くのを感じた。その元凶が、他ならぬ自分だと自覚した上で。

「は、あ、ア……!」

 亮は開かされた両脚の内腿をガクガクと痙攣させていた。仰け反らせた胸の頂をなおも男に舐られて、性器と乳首の両方向から襲い掛かる刺激に翻弄されている。低く平淡だった声は高く上ずり、眦からキラリと雫が溢れた。限界が近いのだろう。

「あっ……う、ぁぁ……」

 しかし絶頂の直前で男は無情にも手を止めた。待ち望んでいた解放を阻害された亮は、自身の腕に爪を立てて身悶える。無意識であろうが、それが猿山の目には男の気を煽る仕草に見えた。
 その証拠に、男は鼻息も荒く亮を見下ろしている。

「イくのはもう少し後だ。せっかくの初めてだ、最高の快感で終わらせたいだろう?」
「……っ……は、はぁ、はぁ……」

 男の科白に亮は答えなかった。あるいは答えられないのか。猿山の目には後者のように映る。
 骨を抜き去られた魚が逃げるなど不可能。男によって交尾する雌犬のような恰好にさせられている今も、亮が抵抗する素振りはない。
 尻を撫で回す男の動作を見た猿山は、念のために用意しておいたローションとスキンをスーツケースから取り出す。努めて近づかなかったベッドへ歩み寄り、男に手渡した。
 去る前に亮を一瞥する。そこには熱っぽく潤む虚ろな瞳があった。

「気を遣るには早いですよ」

 言って、その頬を軽く張ってやった。不意に快感とは別の衝撃に襲われたことで、彼の双眸に光が戻る。現状が飲み込めないと言わんばかりの呆けた顔で、碧色が猿山を見上げてきた。

「……さ、るや……ま……?」

 なぜ、と唇が動いたように見えた。

「貴方に勝利を提供するためですよ」

 さも当たり前のことのように、普段と変わらぬ声音で猿山は答えてやった。すると、薄い唇がわななき始める。

「い……や、だ……」

 その掠れた声が紡いだのは、あの檻の中で呟いた科白と同じだった。シーツに這いつくばり、だらしなく涎を垂らす顔は当時と似ても似つかない。
 しかし何度も飲み込み続けた末に、顔を覆ってぽつりと零された声は、あの弱々しい情景を思い起こさせた。ゆえに、猿山は言った。「何を言っているのです」と。

「飢えているのでしょう? 渇いているのでしょう?」

 ならその身体を使って――手に入れなきゃ。

「い、やだ……おれ、は……あ、アっ!?」

 亮の言葉を遮るように、男が制止していた手を動かした。高く上げられた尻にローションを纏った男の指が挿入されていくのが見える。ぐちゅ、という卑猥な音が鼓膜に侵入して、下腹部に質量を伴った熱を感じた。
 まずは一本。具合を確かめるように、そして硬く閉ざされた蕾を綻ばせるために、男の指はゆっくりと亮の体内を攪拌する。

「イ、あ……はぁ、ん……」

 一周。指が回ると、亮はきつく目を閉じて悩ましげな溜め息を吐いた。
 男の指が亮の筋肉の緊張を解きほぐしながら肉壁をなぞる。根元まで押し込んで、掻き混ぜ、できあがった僅かな隙間にもう一本の指をねじ込む。

「……う、ぁ……ぁぁ……ん、くぅ!」
(なるほど……確かにそそる顔をしますね……)

 甘い熱を孕んだ声。抑えきれないのか、亮はさも悔しげに歯を食いしばろうとしているようだった。
 いくら薬を仕込まれたとはいえ、尻で快感を得るのは難しい。しかし猿山の眼下に映るのは、紛れもなく性感に打ち震える生娘・・の如き姿だ。受け入れがたい事実にいやだと口にするも、理性を手放した身体は実に正直だった。
 猿山は、自身の呼吸が浅くなっていくのを自覚する。悍ましい行為だと、理解できぬ狂事だと認識しながらも、徐々にその変態じみた宴に興奮を覚え始めていた。
 人は順応する能力を有している。それがこの部屋で発揮されているとでもいうのだろうか。半ば成り行きで立ち会っているとはいえ、自分は傍観者だ。その立場を、猿山は徹底しなければならない。
 ベッドから退散し、ようやく元の位置に戻る。これ以上熱気にあてられては堪らない。

「いや、ァ……ぅ、く……いやだ、ぃやだ……!」

 亮の甘く掠れた拒絶の言葉とスプリングの軋みが大きくなった。どうやらイイ場所を見付けたらしく、男の指が執拗に同じ場所に触れる動きをしていた。初めてではまだ鈍いであろうその感覚を育てるように、亮の身体を侵蝕していく。
 少しずつ大きくなっていく卑猥な水音。更に肉が弛緩したところで、いよいよ三本目の指が挿入された。襲い来る圧迫感に溺れ始めた亮は頻りに唇を開閉させている。やがてその口から、意味のある言葉が消えた。

「ああ、そろそろいい具合になってきた……」
「……ぁ、ぁぁ……」

 ずるりと指が引き抜かれる。追い縋るように絡み付く肉が擦れる感覚に、亮の唇から切なげな溜め息が漏れた。すると男の手が離れたことで突き出すような格好になっていた尻が力なく沈む。熱を持て余す息遣いばかりが、細く部屋に響く。白い肢体が逃げ出す素振りは最早皆無だった。
 力なく身を投げ出す亮の姿を見下ろしながら、男は自らの起立した性器を扱き始めた。豚じみた鼻息がいっそう荒くなり、脂肪を蓄えた腹の下で緩く主張するそれが一回り大きくなる。指など比べものにならないほどの太さ、醜悪な欲の象徴たるそれが十分な硬さになったところで、男は亮を仰向けにひっくり返した。

「なっ……!?」

 視界を回転させられた亮は、眼前に現れたそれに瞠目する。脈打つ男根の前で、男が見せつけるようにスキンの封を切っている。
 それが何を意味するのか、流石の亮も正しく理解したのだろう。上気していた顔がみるみる青ざめていく。
 ずるずると仰向けのまま、腕力だけで必死に後退る。しかし逃走など叶うはずもなく、男に両脚を掴まれた。
 解剖される蛙のような体勢。その真下を陣取った男は、醜くそそり立つ男根を肉の鞘に収めていった。

「……あァあぁァァ!」

 ずぶずぶと音を立てて純潔が死んでいく。体内を貫かれた憐れな青年は軋みそうなほどに背をしならせ絶叫した。きっと痛みが強いのだろう。その声は衝撃増幅装置による電流を受けたときによく似ていた。

「あ、アァ……最高だ、最高だよミスター……。君の身体は最高の名器だ……」

 ゆっくりと時間をかけて肉を納めた男は、恍惚とした表情で天を仰ぐ。高潔な男を自分好みに仕込み、汚す快感に酔っていた。時間をかけて慣らしたことで肉壁の収縮は絶妙なものだろう。男は高濃度の快感に浸っていた。

「……か、っは……゛ぁ…………」

 対する亮は快感など微塵も拾っていない様子だった。ガクガクと痙攣する身体は絶頂を示すそれとは違い、どちらかというと失神寸前のようだ。
 浮いた背中が下りてくる気配はないまま、気道に空気を詰まらせているかのようにただ喉仏を上下させるだけ。意識をやるのも時間の問題だった。

「……うっ……っ、もう少し力を緩めたまえ……」

 徐々に全身を硬直させていく亮。すると快感が痛みに変わったのか、男は顔を顰めて抗議する。しかしうつつから足が浮きつつある今の亮にその訴えが届くはずもない。男は仕方なく腰の動きを止めて、その強張りを鎮めるように内股をさすり始めた。
 すると肩甲骨がゆっくりとシーツに沈んでいく。深呼吸を促すように男が手を這わすと、それに倣ってはぁ、と吐息を零す。身体が再び完全に弛緩したのを見て、男は満足そうに微笑んだ。

「そう……いい子だ……」
「はぁ……ぁ…………、ッ!」

 しかし不意に、亮の顔が苦悶に歪む。脳震盪でも起こしたように瞳が揺れ、ぽつりと「いたい」と呟く。

(……ん?)

 不審に思った猿山が目を凝らすも、その僅かな異変はすぐに消えた。

「ぁ……ぅ、あ、ぁ……は……」
「あぁ……いい顔になってきた……中の締まりもいい具合だ……」
「……ぁぁ……ぁぅ、ぁ、ぁ……」

 ゆっくりと腰を引き、穿つ。腰が押し入る度に亮の唇からは鼻にかかった吐息が溢れる。されるがままの肢体が時折ひくん、と跳ねて媚びるような喃語を吐いた。

「はぁ……あ、あっ……ぁぁァ……ふ」
「気持ちいいだろう、ああ気持ちいいだろう……。だが君ばかりがヨくなっていては奉仕にならない。さあ……その身体で私も気持ちよくさせてくれたまえ……」
「……ふ、ぁぁ……ど……やって……?」
「自分で動きなさい。自慰のし方くらいは知っているだろう? それと同じだ」
「ぁ、は……っ、しら、な……っ!」

 男は緩慢に中を攪拌し続ける。絶妙に性感帯を外される感覚が辛いのか、亮の声音に余裕がなくなり始めていた。

「オナニーをしたことがないのかね? 精通すらしていない子供でもあるまいし」
「しらな、ぃ……イ、かせ……ぁう……!」
「やれやれ、しかたのない子だ……」

 男は亮の手を引いて上体を起こさせた。くたりとしな垂れかかる身体の下で胡座をかき、その上に座らせる。体位が変わったことで結合が深くなった亮は切羽詰まった嬌声を上げて悶えた。

「ほぅら……これなら動けるだろう?」

 男は嗤う。

「あァっ! あ、はぁ、ァ……ッ、ぅ、く!」

 柔らかい肉のより深い場所へ、灼熱の凶器がズブズブと押し入る感覚からか亮はいっとう高く鳴いた。しなやかに反る背筋。彼自身と男の腹で挟まれている性器が震え、その先端から絶頂を迸らせた。長時間に渡る生殺しに、ついに限界を迎えたという感じだった。
 途端、みるみる脱力していく白い身体。再び男の胸に倒れ込む姿は、まるでいじらしい情婦だ。

「おやおや、勝手にイったのかね?」

 イケナイ子だ、と男の手が白い背中を撫でる。薬の抜けきらない状態の身体は、果てたばかりにも拘わらずすぐに快感を拾った。達して萎えたはずの亮の性器が再び勃ち上がる。

「ホラ……一度イったならもう動けるだろう? さあ」
「ん……く、ぅ……は……」

 男が尻を叩いて促せば、亮は気怠げに腰を動かし始めた。ぐちゅ、ずぷ、ぬぽ。卑猥極まりない音の全てが、清廉だった青年の尻から聞こえてくる。
 いつしか亮は不本意だったはずの性感を享受するようになっていた。熱く潤む眦から、そして緩く開きっぱなしの口端から、銀の糸を垂らしている。男に促されるまま腰を振り、その衝撃で揺れる髪が唇に引っかかった。
 その顔だけ眺めていれば、娼婦さながらの淫蕩さだった。しかし目を凝らして観察すると、それを否定する証拠がいくつも目に入る。はしたなく股間を濡らす先走り、引き締まっているが薄い胸。そして、竿役の男に匹敵する長身と直線的な身体つき。いやらしくくねって雌の快感に酔っていても、その当人は紛うことなき男なのである。
 薬のせいか、男の手腕か、はたまた生来の素質か。
 丸藤亮の身体は、男を悦ばせる術を覚えつつあった。

「あぅ……あ、アァ……も……もぅ……!」
「あぁ……私も……もうすぐ、っイきそうだ……ッ!」

 ふたりの息遣いが速くなる。競い合うように快感を高め合い、どちらともなく限界を訴える。
 そして――

「ぁ……あァァーーッ!」
「うゥゥッーーっ、く!」

 果てた。

 その一部始終を、猿山は目に焼きつけた。