身体が深海に沈んでゆく様な感覚に身を委ねる。
辺りは耳が痛くなる程の静寂に包まれており、何故か私は耳を塞いだ。
少しずつ身体がくの字に折れていくと、今度は何かから身を守るかの様に足も小さく折りたたまれてゆく。
自分の意志で身体を動かしている筈なのに、全くその意識が無い。ただ『怖い』と言う感情だけが私を支配していた。
ここは何処なのか。
何故私は沈んでいるのか。
それらを考えようにも私の心を侵食する恐怖がそれを阻害する。
音の無い空間。
ただ暗いだけの空間。
天と地の概念がない空間。
私はこの頼りない身体を小さく丸めて、ただ耐えるより他なかった。
暫くすると、私の耳は人の声を拾い上げた。
最初はひとつの怒声だった。
不意に襲ってきた大きな音に思わず耳から手を離すと、それは津波の如き勢いで私の鼓膜を叩き始める。
それは今まで体感したことがない程に激しい罵詈雑言の嵐だった。
――宮廷楽長ともあろう御方がなんて非道な!
――嫉妬に駆られて殺しただなんて、人ととしての心は無いのか!
――師はあの様に仰っていたが毒をもって殺した事は疑い様のない真実だろう!
――自責の念に駆られて喉を切る位なら最初から殺さなければ良かったのに!
――モーツァルト殺しのサリエリが未だに宮廷楽長の座にいるだなんて可笑しい!
――辞めてしまえ!
――人殺し!
――人殺し!!
何故、人は根も葉もない醜聞を妄信しそれが真実であると声高に宣言できるのだろう。
何故、私は彼を殺さなければならない。
神に愛された天才の芽を、何故この私が摘まねばならない。
四方八方から浴びせられる言葉の刃。流血などしていないというのに、胸が締め付けられる様に痛い。違うと弁解したくとも、次々に降り注ぐ汚泥の様な中傷に溺れて声が出なかった。身体は少しずつ痙攣し、けれど私を切り裂く汚泥の嵐に耐えられず、目を、耳を塞ぐ。
しかし、嵐は絶えず私を切り刻まんと襲い掛かってくるのだ。
この痛みにいつまで耐えればいい?
ふと、未だ私を苛む誹謗中傷の中から微かに音楽の欠片を感じ徐に顔を上げた。ほんの僅かだが、それは淡い光を放ち音楽を奏でている。そして私は、その音楽が誰のものかとてもよく知っていた。
気付いた時には既に腕を伸ばしその光に縋ろうとしていた。
私はお前の作る音楽がとても好きだった。
どれだけ世間から辛い言葉を投げかけられても、お前の音楽のお陰で私は生きることができたのだ。
私はお前が作り出すこの純真無垢な曲を愛せた事を誇りに思っている。
愛しているのだ、アマデウス。
いつまでも私を切り刻み続けていた嵐は、もう気にならなくなっていた。
そして、美しい音楽を奏でている光に辿り着き、私の意識は現実世界へと連れ戻された。