そんな訳で、望み通りオレは日本に留まって、カイザーの余生に付き合うことになったのである。弟でも、親友でもなく、ただの後輩であるはずのオレが選ばれた。理由は知らない。日課みたく毎日のように尋ねてもはぐらかされてしまうから、早々に諦めた。
カードもデュエルディスクも置いていない無垢な部屋で、カイザーは日々迎えが来るのを待っている。カーテンの襞を数えたり、悠々自適に空を舞う鳥を眺めたりして、無為な時間を過ごした。ただ緩やかに、穏やかに、来たる日を待ち続ける日々。なんだか死んだじーちゃんのお見舞いに通っていた過去を思い出す。心が枯れていくような感覚の正体はきっとそれだ。カイザーの表情は、病室でしわくちゃになって死んだオレのじーちゃんと同じ顔をしていた。皺はどこにもないけれど、覇気がない。
翔の家に置いてもらいながらカイザーの見舞いを続けて半月が経った。助かる見込みのない人間の顔を見るというのは、想像以上に堪えるものがあるらしい。朝、顔を合わせたときに「無理しなくていいからね」と心配された。たぶん、かなり酷い顔をしているのだろう。出がけに「お人好しも大概にしなよ」とユベルにも止められる始末だ。
周囲にここまで心配されて、自分でも気が滅入っていると理解しているのに、じゃあやめようとはならなかった。
「よう」
「ああ、十代か……」
毎日も通えばオレの記憶野に病室への道程が追加された。そしてそれは、建物の中に入った瞬間に自動的に引き出される。ナースステーションの人とも顔馴染みになった。同階の患者とも仲良くなった。みんな笑っていた。なにがしかの病に冒されているはずなのに、生きる希望があった。手放しているのはカイザーだけだった。
「浮かない顔をしているな」
「あ、えっと……」
中にはカイザーと同じく余命宣告された人もいる。オレはその人に、なぜ笑っていられるのかと尋ねてみたら、その人は「死ぬ前にどうしてもやりたいことがあるから」だと答えた。
「無理もない。酷な望みを口にした自覚はあるからな」
カイザーには、あるのだろうか。〝死ぬ前にやりたいこと〟が。
「やめたくなったらいつでも言ってくれ。俺とてここまで長らえるとは――」
「なあカイザー……」
サイドテーブルに生けられた水仙の花弁が、落ちた。
「アンタさ、このまま何もせずしぬつもりなのか?」
「……」
「何がしたいわけでもない、してほしいわけでもない、でもオレを呼んだ。理由はなんだ? まさか、呼んだだけで満足だなんて言うつもりじゃないだろ?」
「…………」
「病院でいろんな人と会って、話して、オレなりに考えてたんだ。アンタの思惑を。でもやっぱりわかんなかった。当たり前だよな。答えはすぐ目の前にいるのに、全然教えてくれねぇんだもん」
「……十代」
「ちょっと前に隣の部屋で入院してるばあさんとさ、話をしたんだ。ここにいるの、治療のためじゃなくて延命のためなんだってさ。カイザーと同じだろ? なんで、って、意味ねぇじゃんって思わず言っちまったらさ……ばあさん、なんて言ったと思う?」
「……」
「死ぬ前にやりたいことがあるんだ、って……それも笑いながら。ここで入院してるのは、この先の自宅療養が少しでも楽しくなるように体調を整えているからなんだって。見たい花があって、それを見るまでは死ぬつもりはないってさ」
「……そうか」
「なあカイザー、アンタにはそういうの、もうないのか? 異世界で輝くデュエルができたから、もう未練はないのか? それならなんで……オレに毎日顔を出してほしいだなんて言ったんだ?」
拾った言葉を丸めて固めて投げつけるだけだった。雪合戦みたく互いの胸の内をぶつけ合いたかったのに、その願望は叶わない。オレの怒りと悲しみに塗れたカイザーの姿が、じわじわと滲んでブレていく。
頬を温かいものが伝う感覚がした。するとカイザーの呼吸が乱れたような気がした。
「じゅうだい」
穏やかな低音がオレの名前を呼ぶ。そして、声はベッドへの接近を要求してきた。
「じゅうだい」
白い腕が力なく持ち上がる。細く骨張ってしまったそれを拾い上げ、掌で包み込む。死ぬにはまだ早い温度。しかしそのそのともしびは、随分と細い。
「十代」
ああ、大きいな。オレの両手を使ったって、カイザーの手を包みきることはできない。そういえば、こうして掌を合わせるのは卒業デュエル以来だったことに気付く。もっと近く、肌理の一本一本まで眺めたくて顔に近付ける。文字通り目と鼻の先の距離まで持ってきたところで、不意に、カイザーの指が動く。つられるように顔を接近させると、指先はオレの頬を掠めた。
カサついた肌の感触。
その持ち主は、満ち足りたように笑顔を浮かべた。
「じゅうだい」
なんて、甘やかな声だろう。
「なんで」
それが、アンタの
「これで満足かよ」
「ああ、だがもう一つ……」
言って、カイザーの視線がス、と遠くなる。
碧色の虹彩が、みるみる瞳孔に侵蝕されていく。
「
オレは慌ててナースコールのボタンを押した。