曙光 - 2/3

    二

「……で? これは一体どういうことなんだい……?」

 僕は今、寝転がったベッドの上で恋人――丸藤亮に馬乗りにされている。
 ここはもちろん、夜景の美しいスイートルームでもなければ、湖畔に佇むオベリスク・ブルー寮の一室でもない。デュエル・アカデミアの温泉施設内にある病室の中だ。

「どういうことだと? お前、つい数時間前に俺になんと言ったか忘れたのか」
「覚えているよっ! それがどうしてこの体勢に発展するんだい!」
「セックスがしたいなら、こうすれば早いだろう。どうせ俺が受け身になるんだからな」

 亮は涼しい顔をして僕の腹に跨がっている。ヘルカイザーの名残りを感じさせる堂々さで、僕の白い制服を寛げていく。

「僕はもっと君との愛をだねぇ……っていうか、なぜ君が同性同士のセックスについて詳しいんだい?」

 ついには僕の黒いインナーを脱がされてしまった。マリンスポーツで鍛えた僕の美しい筋肉の凹凸を、すらりと白い亮の指になぞられる。なんとも婀娜な仕草。まだ何も始まってすらいないというのに、心臓が妙な鼓動を刻む。

「さあ……どうしてだろうな……」

 僕の質問には、間を持たせながら答えてくれた。ねっとりと絡みつくような声。僕の胸元に顔を落としたまま、視線だけが絡み合う。挑戦的な上目遣い。僕の知らない、亮の仕草だった。

「フフ……」
「? ……ッ!?」

 亮の左手が背後に隠れる。すると突然、内腿の付け根をなぞられ、そして股間に触れられた。思わず腰が跳ねる。恋人をエスコートしたかったはずの僕は、段々とその恋人に翻弄されていった。少しずつ、草木に水をやるように、性感を育てられていく。
 これは不味い。一旦その手を止めてほしい。衝動のまま腕を掴んで静止させることも可能だが、亮の姿を見ているとそれは躊躇われた。どんなに不遜な態度で僕の股間を揉みしだいていても、月明かりに浮かぶ白い肌が、彼の病の重さを物語っている。一度でも死の世界を覗き見た白は血の気がない。
 そして僕の愚息は、持ち主の葛藤なぞそっちのけで徐々に臨戦態勢を取り始める。

「ほう、随分と立派だな」

 触っただけで判るものなのか。
 いやそれよりも、大きくなったからズボンとかパンツとかが窮屈で痛い。自分の表情が引き攣っていくのを感じていると、亮はやっと僕から離れてくれた。しかし安堵したのも束の間、亮はあろうことか僕の股間に顔を近付け、下着ごとズボンを取り払ってきた。外気に晒された愚息は、情けなくも元気に天を向いていた。
 このまま憤死してしまいそうだ。遅かれ早かれこうなる運命だったのに、プロセスが僕の思い描くものでなかっただけでこんなにも恥ずかしいとは思いもしなかった。
 今、僕の愚息と亮の目線は同じ高さになっている。鼻先が触れそうなほどの距離。しっとりと温い亮の吐息を微かに感じてくすぐったい。亮はしばらく見つめたあと、徐に僕の愚息を頬張り始めた。

「……っ、う」

 熱く熟れた肉と唾液の感触。広がった舌にねっとりと包まれていく。絶妙な力加減。歯に当たらぬよう唇を窄めて上下に擦られる感覚が堪らなく気持ちいい。
 亮の舌使いは一朝一夕で身に付けたものではないとすぐにわかった。僕はこういう経験があるわけではないけれど、それでも、初めての行為でこんなにも的確にイイ場所を押さえられるなんておかしいと思うのだ。

「ん、く……ふ、んぐ……」
「ぅ、あぁ……りょ、りょう……」

 愚息の先端に何かが触れた。見れば亮の顔が僕の股間に埋まっている。根元まで咥え込まれた僕の性器が喉奥に当たっているのだ。口内よりも狭い肉にゴリゴリと擦られて、射精欲が急速に高まっていく。僕の意思に反して内股が痙攣を始める。あ、だめだ。もうすぐでイってしまう。

「……んぁ、はぁ、はぁ」
「ぅ……っ、ぁ……?」

 けれどすんでのところで、解放はお預けにされてしまった。美味そうにしゃぶっていたのに、僕がそろそろ射精するとわかった途端、離れたのだ。残念だとか、物足りないとか思ってしまう自分が嫌になる。亮はゆらりと顔を上げ、口端から垂れた唾液とも精液ともつかない液体をパジャマの袖でおざなりに拭う。涙を滲ませながら肩を上下する恋人の仕草が色っぽく見えて、もう泣きたい気分だ。

「……亮……ちょっと……」

 完全に臨戦態勢となった僕の愚息が外気に晒されている。先走りと唾液とで卑猥な光沢を放つそれをじっと見詰めながら、亮は自身のパジャマを脱いでいく。
 最初に脱ぎ去ったのはズボンだった。月明かりに反射して、引き締まった下肢が白く浮かび上がっている。上衣の裾で見え隠れする股間部では、緩く勃ち上がる亮の性器が見えた。
 わぁ、彼のも立派だなぁ。思わずぽかんと眺めている内に、亮は胸ポケットからゴムを取り出す。封を切り、慣れた手つきで僕の性器に被せると、再び馬乗りの体勢になろうとする。薄皮越しに伝わる亮の臀部。ぬるりとしたその感触に、前もって準備してくれていたことに気付く。涼しい顔で「そういえばお前は着衣が好みだったか?」なんて聞くのも、全部彼の気遣いによるものだろう。そういう行為になれてしまったことはショックだが、やはりヘルカイザーになっても、亮の優しさは変わらない。
 変わらないが、どうせならもっと別のときに噛み締めたかった。

「……吹雪、もういいか?」
「へ?」

 ぴとりと亮の尻が僕の鈴口に当たる。逃避していた現実へ急速に引き戻されて、目を白黒させる。
 腰を浮かせて僕に跨がる亮。右手は後ろに回され、尻のあわいに先端が当たるよう指で角度が調整されている。
 あ、これはもしかしなくてもかなり不味いのでは?

「まって! ちょっと心の準備が……!」

 咄嗟に叫んだら、亮はピタリと動きを止めた。中腰というかなりキツい姿勢は気の毒だが構っている余裕はなかった。エスコート役は僕なのに、亮に全てを任せ切りにしている現状がどうにも納得できないのだ。
 彼は多分、いや間違いなく僕よりもずっと経験が豊富だ。僕は性体験が皆無だから、そもそも比べること自体が烏滸がましいのだけれど。
 じゃあその豊富な経験はどこに由来するものか。考えるまでもない。図らずも生まれてしまった空白の時間。僕の知らない亮の世界。そう、地下だ。
 亮はきっと、自分をヘルカイザーにした地下の世界でその術を学んだのだろう。プロとも繋がりのある世界だから、きっと碌でもない理由だろうということは容易に想像できる。
 しかもこんなに手際よく挿入一歩手前まで来たのだから、相当な経験を積んでいると見た。痛みがないのはありがたいけれど、どうにも事務的な感じがして寂しい。
 僕はデリヘルの子を呼んだ訳じゃない。
 離れても擦れ違っても想い続けた恋人である丸藤亮と、愛を深めるためにセックスをしているのだ。
 ああだから、どうか頼むからそんな不満そうな顔をしないでくれ。

「……ふぶき、早くしろ」

 焦れったくてそう言っていたなら、恥じらいを含んだ可愛らしい科白となっていただろう。しかし僕の目に映る亮の表情は、どちらかというと食事を前に延々とお預けを食らっている犬に近い。牙は剥き出していないが、今にも噛み付いてきそうだ。

「あ……いやぁ、その……」

 解っている。この状況が酷い生殺しだって。それでも決心がつかないのは、この無機質なセックスを如何にして情熱的なものに変えるか必死に考えているからだ。それなりに長い付き合いから、月並みな言葉だけでは絶対に靡いてくれない。もっと強烈で直接的な表現で訴えないと、恋に疎い男には何一つ伝わらないのだ。
 考えろ。思考を巡らせろ。頻りに視線を右往左往し、その取っかかりとなりそうなものを探す。しかし殺風景な病室の中では、そんな都合のいいものなどひとつも見当たらなかった。

「……ッ、いい加減にしろ!」
「へぁっ!?」

 突如降ってきた怒号と共に、項が衝撃を受ける。視界が上下に激しく揺れた原因は、亮に胸ぐらを掴まれたからだった。鼻先が触れあいそうなほどの距離で碧色の虹彩に睨まれる。食い縛った歯を剥き出して、その隙間からはやけに湿っぽい呼気が漏れていた。

「したいと言ったのはお前だろう。……まさかまだ興が乗らないとでも言うのか?」
「…………へ?」

 え? ちょっと待ってくれ。どういうことだい?
 とりあえず、説教でないことだけは解った。

「痛みを懸念しているのなら安心しろ。既に準備は済ませてある。コッチの役回りは慣れているからな。お前はそのまま身を任せているだけでいい」

 まるでちんぷんかんぷんな科白が飛んできて、思考が停止する。金魚みたく唇を開閉するばかりで、一文字も言葉にならない。

「それとも、気が乗らないのなら早く言え。俺もそこまで無理強いするつもりはない。これは性交渉だ。お前の同意がなければ、先に進むことはない」

 声の出し方を必死に思い出そうとしている内に、亮の表情はどんどんと消えていく。
 違う。そんな表情が見たいわけじゃないんだ。大きく離れてしまった気持ちの距離をひしひしと感じて、悲しみが際限なく募る。

「……ちがう。ちがうよ、亮……」

 何故こんなにも亮が遠く感じるのか。地下で彼はどんな扱いを受けていたのだろう。考えたところでそれは僕の空想に過ぎず、だからこそ僕は彼に最適な言葉を用意できない。仕方なしと諦めてしまえば楽だろうが、愛しい人の前でそんな不誠実は働きたくなかった。
 伝わらなくてもいい。せめてこの胸に燻る想いを言語化できれば――などと悠長に構えている場合でないことに、亮の最後に放った科白によってようやく気が付いた。

「俺のことは気にするな。慣れているから、多少の無理は利く。お前の好きにしてくれて構わない」
「そうじゃない! 僕は、もっとちゃんと君を愛したいんだ!!」

 反射的に出た大声。自分が発したはずのそれに驚き、ハッと我に返る。対する亮は突然叫びだした僕を見て、その切れ長の瞳をどんどん丸くしていく。
 とんでもないことを口走ってしまったことに後から気が付いた。しかし発言は取り消せない。ならばいっそ開き直ってしまえと、僕は言葉を続けた。

「君と僕は恋人同士だろう? 恋人ならこんな事務的なセックスなんてしないはずだ。君が今までどんな人とシてきたか知らないけど、少なくとも僕と同じ土俵にはいなかっただろう? だったらなんで、僕と他の男とが同じ扱いなのさ!」

 一度口にしてしまえば、後は恐ろしいほどすんなりと次が紡げた。芋づる式とはまさにこのことで、僕はひたすらに感情のまま、枕を投げつける少女のように喚き散らす。成人した大の男が、なんて体裁など最早どうでもいい。

「君にとっては数ある男の内のひとりかも知れない。でも僕にとっては初めての相手なんだよ! もっと君と体温を分かち合いたい。もっと君の肌に触れたい。焦れったくて堪らないだろうけど……それも含めて、僕は君との時間を大切に過ごしたいんだ!」
「ふ……ふぶ、き……」
「だからそんな機械的な顔をしないでくれ……。そんなことはないと解っていても、愛されていないような気がして……寂しいんだ……」

 しかし燃料を失った炎の行く末は鎮火だ。弾丸のような言葉の羅列は徐々に勢いを失っていき、最後の方はほとんど消え入りそうだった。狐につままれたような顔をしていた亮は、次第に別の表情を滲ませる。ばつが悪そうに目を伏せ「すまない」と呟くのが聞こえた。
 サラリと落ちる亮の髪。普段は隠れて見えない耳がほんの僅かだけ顕わになる。それが色付いていることに、暗がりでも見て取れた。
 気まずい沈黙が漂い始めた。お互いに動きを止めて視線を逸らす。

「いや……俺も迂闊だった……。そんなつもりではなかったんだが、そうか……そういうことか……。しかし……」

 先に破ったのは亮だった。目を伏せたまま、ふるりと睫毛が揺れる。緩く握った拳を唇に当て、何やら考え事を始めた。
 こうなった亮はしばらく戻ってこない。何度か声をかけるも知らんぷりで、どんどんと思考の海に沈んでいく。そもそも聞こえていないのだ。
 亮の表情がみるみる険しくなっていく。彼の中で広がる海はどんなものか判らないが、深々と刻まれた眉間の皺が碌なものでないことを示している気がした。本人の自覚は皆無だが、彼は結構自虐思考的である。
 置いてけぼりを喰らってしまった僕としては、あまり面白くない展開だ。これまで亮にリードしてもらっていたにも拘わらず、独占欲のようなモヤリとした感情が湧きだす。気付かれないようにそっと上半身を浮かせて両腕を伸ばし、亮の柳腰を掴む。そして、少し強めに力を入れて腕を下ろす。

「……ッ!? 吹雪っ!」

 すると亮の肩がびくりと跳ねた。ほんの先端だけ、僕の愚息が中に入る。男の肛門とは思えないほどのぬめりと弾力に、思わず内腿が痙攣しそうになった。これはもしかすると、自慰するよりも気持ちいいかも知れない。
 ここでようやく視線が絡み合う。ありったけの熱を込めて亮を見詰め、その白皙の頬を撫でてやる。すると一瞬だけ目を見開いたかと思えば、亮も同じ熱量で見詰め返してくれた。
 無機質だった表情筋に血が通うのが解る。それが嬉しくて、僕も亮と同じように微笑んだ。

「やっとこっちを向いてくれた。続き、早くしてほしいな」
「いいのか……?」
「何を言ってるんだい。僕たちは恋人、だろう?」
「こい、びと……。そうか……そうだったな……」

 やっと行為のスタートラインに立てた気がした。淡々と素肌に触れていた亮の掌が、労るように僕の腹筋に触れる。その温度は意外にも熱く、彼もこの空気に興奮を覚えていることを知った。

「……っ……う……ん……ぁ」

 角度を確かめるように、亮の腰がゆっくりと沈む。彼の腰を掴んだままの僕の手はそれ以上の力をかけていない。つまり他ならぬ亮が、自らの意思で僕を受け入れてくれているのだ。
 ああなんて幸せなんだろう。愛しい人の体温を直に感じる毎に心が満たされていく。絶妙に熟れた肉に包まれ、挿入と共に擦れる感触が堪らない。恋人と愛し合うとはこんなに素敵なことなのだと、僕は改めて知った。
 ぱちゅん、と音を立てて、僕の全てが亮の中に収まった。

「りょう……っ、きもちいい……」

 それはまるで、離れ離れになっていた刀と鞘がようやくひとつになったような心地だった。
 気を抜けばあられもない声が出そうで、何度も息を詰める。その上で何とかして今の気持ちよさを伝えたら、恋人はどうやらそれどころではなさそうだった。

「は……ぁ、っ……く……」

 白い喉仏が顕わになっている。眉はハの字に寄り、小刻みな呼吸を浅く繰り返す。カリカリと自身を掻き抱く亮の腕。傍から見れば苦しそうだと評するだろう。

「亮……苦しいのかい?」

 そうでないことを祈りながら、確かめる。僕の声を聞いた亮は困惑したような表情で「少し黙っていろ」と言った。
 なんだい? それは。
 それじゃあ、何の答えにもなっていないじゃないか!
 あまりにも意固地が過ぎる亮の態度に、僕は唇を尖らせた。

「そんなに僕がダメなのかい?」
「ぅ、あ……ぁ、まて……しゃべ、……ッッ!」
「えっ? ……く、ぅ!」

 ムクムクと首をもたげる不満から何か悪戯でも仕掛けてやろうと思ったそのとき。不意に亮の体内が激しい収縮を始めた。同時に切羽詰まったように上ずった声を上げる亮。しわくちゃのパジャマは更にしわくちゃになり、痙攣していた身体は急速に強張っていく。やがて大きく歯を食いしばったかと思えば、上がるはずだった声を喉奥で押し殺して硬直した。
 まるで一瞬のような出来事だった。何が起きたのかまるで解らずにぽかんとしていると、亮の身体が急速に弛緩していくのが見えた。そのまま何とはなしに視線を下げると、僕の腹の上で起立しているはずだった亮の性器が萎えていた。
 僕の臍には白い水溜まりができている。

「え……今のでイったの……?」

 語句としては質問の体を成しているが、その実は、ほとんど確認に近かった。同じ男だから、何となく解るのだ。
 亮もそれを察したらしい。肩を揺らして乱れた呼吸を必死に整えながら、居心地悪そうに目を逸らしている。その顔は恥ずかしい、というより何が起きたのか解らない・・・・・・・・・・・という感じだった。いつかに見た恋愛映画で、初夜を過ごす場面の女の子みたいないじらしい表情。種類は違うけれどハジメテ・・・・を体験する者同士だという事実が、ずっと胸に燻っていた寂寞感をやっと消してくれた。

「そうか……そっかぁ……」

 そうすると、少しだけ心に余裕が出てくる。ふと思い立った僕は、昔亮に「苦手だ」と言われたことのある笑みを浮かべて名前を呼んだ。予想通り、引き攣った表情で目を合わせてくれた。そんな説教を受ける前の子供みたいな顔をしなくても何もしないのに、よっぽど苦手らしい。

「解ってるだろうけど、僕はまだイってないよ。だから、先に進んでいいだろう?」

 もっと僕を感じてほしいんだ。甘さを大量に含ませた声でそう言った途端、亮の顔がパッと朱に染まった。吐息と混ざったた喃語のような声が細く掠れている。
 今の亮は酷く無防備だ。この深く肌を貪り合う行為が何を指しているのか、そしてその行為が止まってしまったせいで僕が今どんな状況にあるのか。ここに至るまで周到に準備をしてくれていた当時ならすぐに察しが付くだろうに、まるでできていない。大きなイレギュラーにぶつかって、怜悧な思考が止まってしまったのだろう。
 そんな状態の亮を意のままに操ることは、意外と容易い。長い付き合いでずっと肩を並べていたから、多分、翔君すら知らないだろう。

「教えて、君の全てを。君の愛し方を。僕は初めてなんだ。だから、亮が動いて見せてほしい」
「し、らない……こんなこと……いままで、ッ一度も……」
「自分のイイ場所も判らないの? さっきイったのに?」
「……ッ、それは……」
「じゃあ動けるだろう? どの道この恰好じゃあ、君に委ねるしかないしね」
「くっ……」

 人知れず立てたはずの亮のセックスプランが瓦解を始めている。竿役の僕が初めてだからって騎乗位を選んだだろうに、完全に裏目に出てしまったのだ。今にも舌打ちしそうな表情で奥歯を噛んでいる。逡巡するように目を伏せると、やがて意を決したかのような顔つきに変わった。

「はぁ……うっ……ぁ、く」

 ゆっくりと亮の腰が浮く。あらかじめ仕込んだであろうローションで満たされた肉壺がずるりと抜けていく感覚に、僕は腰が跳ねそうになるのを耐えた。びくびくと食むように亮の中が締まる。その動きが、確実に僕の性器に快感をもたらしてくれた。
 亮は、自ら選んだ体位の責任を取るべく律儀に奉仕を続けている。恐る恐るといった緩慢な動きだが、どこか必死さを感じるのはきっと気のせいではないだろう。挿入のときと同じ、パジャマをぐしゃぐしゃにする勢いできつく自身を抱き締めていた。白い喉仏を晒し、きつく歯を食いしばり、けれど上手く息ができずに上ずった呻き声を零している。嬌声というには些か苦しそうだが、頬が上気しているあたり、気持ちいいことは理解できた。
 ――ぐち、ずぷ。
 それにしても、亮の尻から聞き慣れない音が絶えず響いてきて落ち着かない。まるで女の子のアソコを彷彿とさせるような柔らかさだ。絶妙な緩み具合から、よほど時間をかけて準備してくれたことは察しがついた。だってお尻の穴がこんなに滑りを帯びているなんてあり得ないだろう。目を塞いだら女の子と勘違いしてしまいそうだ。
 ――とはいえ、女の子とセックスしたことなんてないのだけれど。

「ぁう、あ、は……、……や……ぁぁ」

 ねっとりと亮の肉壁が絡み付く。上下運動を重ねる度に中がきゅう、と締まる。僕の性器が奥を抉ると、亮は切羽詰まったように短く悲鳴を上げた。そうすると、気持ちよさそうに食い締めてくれる。
 亮の声は発する度にトーンを上げていった。譫言のように「いやだ」と繰り返しながら、まるで生娘のように首を振る。よく見れば彼の眦は薄らと涙が滲んでいた。
 妙な痛ましさを覚える光景に、僕の胸中では罪悪感が芽生え始める。このまま全てを亮に委ねてしまって本当に大丈夫なんだろうか。一度も休まず腰を動かしてくれているが、キツい動作であることは見ればわかる。頬を伝う汗の量から、そろそろ疲労も限界なんじゃないかと心配になった。
 僕の腹に付いた亮の手を掴んで名前を呼んだ。まだ一度もイっていないのに制止を促す行動に、さしもの亮も訝しげな顔になっている。出過ぎた行為だと解ってはいるが、それでも恋人を労るためにも僕はこの提案をしなければならなかった。

「亮、僕も動きたい……」

 もちろん君の顔を見て。
 これらの要素を全てクリアするオーソドックスな体位は数える程度しかない。その言葉が示す意味を正確に読み取った亮は、やや困惑した表情で押し黙る。
 沈黙の時間はほんの僅かだった。亮は徐に腰を浮かせ、ゆっくりと中の性器を引き抜いた。入れ替わるようにして僕は上体を起こす。
 今度は亮が寝そべる番だった。長い両脚を立てたかと思えば大きく開き、その姿勢によって僕の要求を受け入れようとする。僕は亮の膝裏に両手を這わせて押し上げる。
 現れた肉の鞘。襞にローションがコーティングされていてぬらりと光沢を放っている。ついさっきまでこの中に僕の性器が入っていたのだと思うと、はしたなくも興奮を禁じ得なかった。

「……入れるよ?」

 亮は蚊の鳴くような声で「ああ」と答えてくれた。
 僕は意を決して、腰を推し進める。
 ――ずぷ。

「く……っ」
「ぁっ、ぁ、ぁぅ」

 初めてだから慎重に、ゆっくりと埋めていく。一度目のときと同じでとてもスムーズな挿入だった。抵抗らしい抵抗は一切なく、寧ろ待ち望んでいたかのように迎え入れてくれた。
 どうやら亮を苦しませずに済んだようだ。意外にも早く根元まで納めきると、しばし休息の後、律動を始めた。

「はぁ……ぁ、ぁ、うぅ……」

 腰を引いては押し込んでを繰り返す。動けば動くほど、亮の体内が攪拌されて粘ついた水音を響かせた。ぐちゅ、ずちゅ。そんな音がお尻の穴から出ているだなんて信じられない。亮の鼻にかかった嬌声と混ざって、僕の興奮に火を点ける。

「りょう……きもちいい……?」

 そして、これまでの流れからあることに気が付いた僕は、抽挿を続けながら亮に声をかけ続けた。そうすると、面白いくらい顕著に身悶えるのだ。多分、亮にとって僕の声は快感のスパイスになっている。それがとても嬉しくて、僕は懸命に腰を動かした。
 亮と最高のセックスをするために行った下調べの中で、興味深い記述がいくつかあったことを思い出す。男にしか存在しない前立腺には、女の子と同じような快感を得ることができるらしい。

「うぁ……んんっ、ぅ、ふ……ぁァ……」

 たしかこの辺りに――

「はっ、あァっ!」

 ここだ。体内の程浅いところにあった小さな痼りを突いてみると、亮はびくん、と大きく跳ねた。低くて恰好いい声は涙と艶を纏って裏返ってしまっている。うねる肉がきゅうきゅうと僕の愚息を食い締めてくる。まるで縋り付くような必死さに、僕は更なる奥地を暴きたい衝動に駆られた。
 ――ぐちゅ、ずぷぷぷ。

「あ、ぁっ……ふぶ、き……ぃ、んんっ」

 攪拌して中の緊張をほぐしながら押し進む。熱く濡れそぼったソコは快く僕を迎え入れてくれた。当の亮自身は僕が何を考えているのか察したらしく、温く炙られる快感に身悶えながら懸命に名前を口にしている。そんな弱々しい呼び声で、制止を促しているつもりらしい。僕は聞こえない振りをして、最奥を目指し続けた。
 立派だと褒めてもらった僕の愚息によって一杯にされた亮の中。いよいよ腰がつかえてきたところで、先端を僅かに掠める感覚に気が付いた。

「フフッ……」
「……?」

 ニヤリと口角を上げて眼下のターコイズグリーンを見詰める。怖気を湛えたように潤んだ彼の瞳が、僕の笑みの意味を量りあぐねている。
 ココを暴かれるのなんて初めてじゃないだろうに、亮は本当に生娘の演技が上手いなぁ。
 深い衝撃を与えるために、少しだけ腰を引く。

「亮……あいしてる……」
「……え…………ッ!?」

 そしてその科白を合図に、勢いをつけて最奥を突いた。

「あぁっ、ああぁぁァァ!」

 ごちゅん、という音と共に襲いかかる衝撃に、亮の背は大きく仰け反った。
 浮いたままガクガクと痙攣する身体。齎された刺激が処理しきれないのだろう。はくはくと開閉を繰り返す唇からは吃音ばかりが漏れ、見開いたまま瞬きを忘れた瞳からはぼろりと涙を溢れさせている。可哀想なほど硬直していた。
 それでも僕はやめるという選択を執らなかった。構わず律動を続け、ゴツゴツと奥を暴き続ける。何故なら、そうすれば亮の身体は電流を受けたように踊るし、声もいっとうの艶めきが増すからだ。暴力的な愛撫に快感を覚えていることは事実で、首を振ってはいるけれど、それは本心からのものとは到底思えなかった。
 何より、奥を突く度に亮の中が激しく蠢いて最高に気持ちいい。

「ぁふ、ふぶ……き、ィ……まて……やめ……ッ、もぅ……、あぁァ!」
「……ッりょう、の……うそつき……ココ、ぜんぜん萎えてないじゃないか……!」
「ちが……、ぁう! も、そこ……やめ……、お、かし……く、な……アァッん!」

 肉の蠕動と粘液の分泌が更なる潤滑を齎してくれる。口ではああ言っているけれど、僕としてはより深い結合を求められている気がした。腰を揺らしながら、特に反応が顕著だった箇所を重点的に突いてやる。

「あぁー……ぁぁ……しら、な……しらなぃ……こん、な、の……し、ら……あぅぅ……!」

 卑猥な水音はいよいよ酷いものになってきた。粘液という粘液が混ざり合ってひとつになるような音。一応スキンは使っているから、この中に僕の精液は一滴も入っていない。ナマでしていたらもっと凄いことになっていただろう。
 徐々に焦点を失っていく亮の瞳。氷のような鋭さを持つそれは、深い水底のように透明で澄んだものに変わっていた。

「あぁ……あ、ァ……ぅう……ふぁァ……」

 そして嬌声も、急速に勢いを失いつつある。ぼろぼろと零れる涙はまるで宝石のようで、美しくもどこか痛ましさを覚えた。慣れているからと、少し性急過ぎてしまったのかも知れない。

「あっあっあ……」

 僕は一度も触れていなかった亮の陰茎を握った。何度もイっていたのか夥しい量のカウパー液を溢れさせたそれを塗りたくりながらゆっくりと扱き上げる。途端、びくびくと浮き上がる亮の肩甲骨。僕の手で快感を拾ってくれていることが純粋に嬉しい。自身の性感を高めつつ、恋人も同時に昇り詰めてくれるよう動き続ける。

「愛してる……ッあいしてるよ……亮……ッ!」
「はぁァ……あ、ッああああぁぁぁァァァ!」

 そして、何度も暴いた亮の最奥をいっとう強く突き上げた瞬間、絶頂で収縮する肉壁に促されて、僕も、果てた。

「はぁ、はぁっ……」
「は……ぁ……ぁ……」

 濃厚な疲労が部屋一帯に充満する。フィニッシュを終え、中の性器を引き抜くと、名残惜しそうにきゅう、と縋り付いてくれた。スキンの中は笑えるほど大量に僕の精を溜めていた。零さないように取り外し、口を縛ってゴミ箱に放る。
 サイドテーブルに置かれたティッシュを何枚か抜き出し、恋人の身体に付着した白濁の残滓を拭ってやった。始めは自分の身体を、お次は恋人の身体を、あまり擦らないよう注意を払って。僕にされるがままの亮はまるで抜け殻のようだった。仰向けのまま真っ白な天井を見上げているが、その焦点は定まっていない。気を遣ってしまうほど乱暴にしてしまったのかと少し不安になり、声をかける。
 すると、耳を凝らさないと聞こえないような小さな声で「ああ」と返事をしてくれた。

「僕、上手くなかった?」
「いや……」
「なら安心したよ。今タオル持ってくるから、もう少し我慢してて」
「……ああ……」

 辛うじて応対はしてくれるけれど、その意識はほとんど霞んでしまっている。元々少ない口数が更に減っているあたり、自分が何を口にしているのかすら曖昧だろう。余韻から戻ってくるまで、僕は淡々と事後処理の手を進めることにした。