布擦れの軽快な音と、粘液が混ざり合う鈍重な音とが、淫らに絡み合う。
互いのユカタはもう原型を留めていない。オビは仲良くどこかへ放り投げてしまったし、そのお陰で僕らは肌を晒し合っていた。
サリエリのユカタはシーツの一部と化している。明かりのない部屋の中でぼうと浮かび上がる白い肌が、まるであの場所で見た宵闇の雪のようだ。その雪が、今は互いの淫らな体液で汚れている。
僕のユカタは重力に沿って纏い主から滑り落ちている。そして、カーテンのように彼の体を覆うと、中はじめじめとした熱気が籠もってゆく。心なしか、湿り気を帯びているような気もする。
そうして、互いのユカタに挟まれた彼は、齎される愛撫にびくびくと反応し、艶めかしく身をくねらせていた。
「あっ、ああ……やめ、や、ぁ」
ふたり分の忙しない呼吸と交じり、サリエリの嬌声が断続的に響く。時折、腕を伸ばしたり制止の言葉を口にしたりして抵抗しているみたいだけれど、そんな弱々しいものじゃあ却って煽るだけだ。
きっと、それどころじゃない君にそんな自覚はないのだろうね。
より一層暴力的な情動が湧き上がり、僕を突き動かす。
「あああっ!」
焦らすように与えていたペニスへの刺激を決定的なものに変えてやった。亀頭を上から掌で覆うと、牛の乳を搾るような動きで抜いてやる。
すると、急に襲ってきた快感が処理しきれないのか、上ずった悲鳴を上げて緊張と痙攣を始めた。
「あまでぅ……や、あ、あ、いや! やめ!」
滲み始めた涙を振り撒きながら、必死に腕を伸ばす様がいじらしい。けれど残念ながらそれは抑止力にならないので、僕は構わず亀頭への刺激を続けた。
次第に彼の喃語が、早く断続的なものに変わるともうすぐイく証拠だ。ガクガクと太腿の痙攣が激しくなったところで、手を放してやった。
「あっ、イ…………ッ!?」
サリエリの息が詰まる。果てようと身を固くしていたのに、それが叶わないことが余程ショックだったのだろう。
ぼろぼろと涙を流しながら呆然と荒い呼吸を繰り返している。「なぜ?」と、そう言いたげな顔。
まだ慎ましく収まったままの僕の剛直が、大きく膨らむ感覚がした。
「なに? イきたかったの?」
わざとらしく聞いてやる。すると僕の声に我に返ったサリエリが、先程とは打って変わって鋭い眼差しで僕を睨んできた。
「……どういうつもりだ」
まるで強姦魔を相手にしているかのように辛辣な視線と声。
それらは全部、僕に向けられている。
ああ――腹が立つ。
僕は完全に怒りで正気を失っていた。
「……ひっ!」
勃ち上がったソレはそのままに、僕は行為が始まってからまだ一度も触れていないソコへ指を這わせる。まだ慎ましやかに窄められているその襞をなぞると、サリエリの身体がぴくん、と跳ねた。
生憎と普段使っているローションは持ってきていない。仕方なく、持ち込んだバスオイルで代用することにした。掌にとり、指先を特に念入りに纏わせる。
「……は、ぁ……っ」
まずは中指から。
ああ、可哀そうに。さっきまで気丈に振舞っていたのに、行為に慣れた身体は呆気なく震えてしまったね。とても嬉しそうに僕の指を銜えているよ。
でも心は追い付いていないから「やめろ」とか「いやだ」とか、そんな言葉を僕に投げ続けている。首まで振って睨んじゃってさ。そんなにココで欲情するのが嫌なのかな?
僕からしてみれば、もう手遅れだっていうのにね。
じわじわと、初めて彼の身体を割り開いたときみたいにゆっくりと押し進む。すると、もどかしいと言わんばかりに肉壁がヒクついた。ぐうるりと一回しして、応えてやる。
「はぁ……ん」
サリエリの身体が、ぞくぞくと仰け反った。思わず口端が吊り上がる。
「どう? これでもまだイきたくない?」
「だ、まれ……。きさま、いい加減にしろ……」
「そんな息も絶え絶えで顔も真っ赤で……説得力ないよ、サリエリ」
「うるさい、だれのせいだ……」
まだそんなことを言うのか。
「確かに君を焚き付けたのは僕だけど、元はといえば君のせいなんだからね」
「どいういう……ことだ……」
怒りと嗜虐心が、綯い交ぜになる。
そもそも今回の旅行は、仕事がデッドヒートを始めて気が触れそうになった心をリフレッシュするために来たはずだ。
最初は君のエスコートに脱帽して何度も惚れ直したけれど、本当に最初だけだった。僕は薬指を追加して更にかき混ぜてやった。
「あ! んんっ、な……なに……」
僕を差し置いて異国の人と話し出したところから始まり、まず部屋で僕を無自覚に口説いたこと。こんなことを常日頃から他人にしていたら、彼の貞操はどうなるか。考えただけで恐ろしい。大体、前から思っていたことだけれどサリエリは貞操観念がなさすぎる。怒りが本格的になり、僕はサリエリの前立腺を探ってやる。
次はなんだ。そうだ、あの女性従業員と会話していたことだ。ただでさえ彼の言動は誤解を招きやすいというのに、あの様子じゃあ彼女は間違いなくサリエリに惚れた。僕というものがありながら、どうしてこう、ビッチみたいな態度をとるのかな! 自分が周りからどんな風に見られているか、全然自覚がないだろ。段々腹の底がもやもやし始めて、僕は見つけた前立腺を執拗に弄ってやる。
「あ、あ、あぁ……」
最後はアレだ。あの夜の庭。
彼が自然物にすら魅入られていると知ったとき、どうしようもなさが勝った。ここまで来ればもう恐怖だ。
本当に怖かった。だって人間じゃないただの植物が、夜と雪を味方につけてサリエリを連れ去ろうとしたのだから。
理由なんて知る訳ない。知りたくない。とにかく、とても良く似た色味を持つ彼が、どこか手の届かないところへ消えてしまいそうで、本当に怖かった。
どうして君は気付かなかったんだ。僕があんなに怖がっていたのに表情すら読み取ってもらえなくて、いつしか恐怖は怒りに変わっていた。胸が熱くなって、僕は人差し指を追加してやる。
「ひィ……! あぅ、ああ、ぁま……ぅ、や」
彼の性感帯を強く押し込みながら、掻き混ぜ、中を拡げてやる。ぐちぐちと卑猥な音が大きくなると、サリエリの脚がバタバタと暴れ始めた。
陸に上げられた魚みたいに跳ねる身体。急に活きがよくなったサリエリを見て、僕は弄んでいた前立腺を少し強めに引っ掻いてやった。
瞬間、大きく仰け反ったかと思えば、サリエリの呼吸がぱたりと止んだ。
そして、だらりと弛緩してゆく彼の身体を眺めて、ああそうかと思う。
「今のでイったんだ」
「は、はぁ……ぁ」
返事がない。虚ろに呆けた顔を見て、投げた問いは確信に変わる。
粘膜を傷つけないように、挿入したままの指をゆっくり引き抜く。その動作すら辛いのか、吐息混じりの鼻声を零しながら肉壺が柔く収縮した。
しばらく眺めていると、ソコは真っ赤に充血しながら物足りなさげにヒクついていた。僕は満足げに頷くと、すぐさま表情を引っ込めた。
そうだろう、そうだろう。
だって、普段のセックスじゃあ一度イったところで終わりの訳がないからね。
でもこれは〝お仕置き〟なんだから、この先は君からの謝罪を貰ってからだよ。
「……つづき、しないのか……?」
普段と違う僕の態度に不安を覚えたらしい。先程の熾烈な視線とは打って変わって酷く不安定に瞳を揺らめかせている。伺うような声音。
「さっきまで止めろとか嫌だとか言ってたのに、してほしいの?」
「それは……」
だからわざと突き放すような態度をとってやった。案の定、視線が下がり、左右に揺れている。
カマトトぶっちゃってさ。
「ねえサリエリ。僕は今とても怒ってるんだよ」
「ああ……。理由は、皆目見当がつかないが」
「君のせいなんだよ」
「…………」
「君が悪いんだよ」
椿色の瞳が鮮やかに花開く。その中できらきらと星が散ったかと思うと、それはどろりと溶けた。
そして湿っぽい呼吸を零し、ゆるゆると開閉を繰り返していた唇がようやく、意志を持って、けれど弱弱しく動く。
――すまない、と。
「あっ、うぐ……う、あ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は彼に覆いかぶさった。
少し乾き始めていたアナルの中へオイルを纏わせたペニスを挿入する。するとびくびくと震えだす身体を押さえ付け、ずっと焦がれていただろう奥を犯してやった。
「ああ、あひ、ひ、う……あっあぁ」
いつも以上に焦らしてやったお陰か、中はどろどろに熟れていて最高だった。
待ってました、と言わんばかりに肉が蠢いて、竿を、亀頭を、ぎゅうぎゅうと食い締めてくる。ご褒美に彼の大好きなところを目一杯擦ってやると、肉の波は一層激しく時化た。
サリエリ自身の反応も凄まじいものだった。
イくかイかないかのギリギリでずっと寸止めされていたものだから、身体が狂ってしまったのだろう。許容オーバーの快感が休む間もなく襲うせいで、嬌声が悲鳴に変わってしまっている。
制止の言葉も紡げない。僕の動きを止めるだけの力もない。そんな状態で、ひたすら弱い所を責められ続けて、善がっている。
控えめだった水音がいよいよ五月蠅くなってきた。
ぐぽ、ずぷ、じゅぷ――
おおよそ人間の身体から出るものとしては不適切な音が響く。きっと中は僕の先走りとかオイルとかが混ざって悲惨なことになっているだろう。
「あ、あ、あっあっあっ、あァ!」
サリエリの腹が凹み始めてきた。同時に、僕自身も下腹部から急速に競り上がるものを感じてピストン運動を激しくする。
「ああぁぁッ! あっい、いく、イ……ァ……」
「……ッ! ふ、く……ぼくも、もうすぐ、いきそう……っ!」
ぐぽっ、という音を立てて更に奥の結腸をぶち抜いた。まるでサリエリの腹を打ち破らん勢いで貪ってゆく。
「あぁーーッ! ああ、アアぁあぅあ、あぐぁァ」
僕らを取り巻く温度が一気に上昇した。呼吸と悲鳴と水音とが共鳴して互いのボルテージを上げてゆく。リズムは規則的に、テンポはより速く、ただ高みへ上り詰めるため、僕らは獣のように貪り合った。
ずっと触れていなかったサリエリのペニスに触れる。すると彼の身体は一層歓喜に震え、高く、細く啼いた。
「ああぁぁぁッーーッッッ!」
「ううっ……ッく!」
視界が、意識が、白く弾ける。
サリエリはまるでひきつけを起こしたみたいに身体を仰け反り、息を詰まらせて果てた。
飛び散る白濁。その瞬間、激しく収縮した肉筒に導かれるまま、僕はいっとう奥を穿ち、同じく果てた。
徐々に弛緩してゆく身体。
気力と体力を使い果たした僕らの意識は、襲い来る微睡みの心地よさに負けて、呆気なく手放した。