部屋に戻ると、さほど待つことなく、最初に会ったオカミがやってきた。どうやら備え付けのテーブルは使わないらしく、部屋の隅に寄せてから、ひとり分の食事が乗った四つ足のトレイみたいなものが運び込まれる。
向かい合って座る僕らの目の前に置かれた料理について、ひとつひとつ丁寧に説明を受ける。食材は全てこの地域でとれたものだとか、メニューのひとつである〝スキヤキ〟という料理に使われている肉はどんなブランド牛なのかとか――
正直、僕としては早く食べたかったのだけれど、サリエリが熱心に聞き入っている姿が視界の端に映り、水を差すのも気が引けたので大人しく聞くことにした。そして体感十分程度の長い話を聞き終えて、ようやくハシを持つことができた。
さすが、長々と説明していただけあって味は最高だった。
並ぶ料理の種類はとても豊富で鮮やかだ。どれも素材そのものの色合いが十分に引き出されていて美しい。
なによりも、一口程度の量の中に、繊細な包丁さばきを要求されるだろう見事な包丁細工がそこかしこに添えられている。
「この花のような形のニンジン、食べるのがもったいないね」
「そうだな。この国の職人技は本当に素晴らしい……」
味付けは、濃くなく、けれど薄過ぎもせず、旅で疲れた身体に染みる優しい味わいだった。
個人的には最初、野菜が多めのメニューに些か不満を覚えていたけれど、バリエーション豊かな味わいにそんな思いは一瞬で吹っ飛んだ。
僕もサリエリも、ベジタリアンではないから、肉や魚料理の添え物的立ち位置な印象だっただけに、素材の味が十分に引き出された料理の数々に驚く。
とはいえ僕としては、オカミが最後に説明した〝スキヤキ〟とやらが一番のお気に入りだ。
絶妙なバランスの霜降り。熱した浅い鍋の中で脂が蕩ける。それが、一緒に煮た野菜と絡んで絶品だった。取り皿に開けた溶き卵をくぐらせると、ソースの風味がマイルドになって、それもまたいい。
「……」
「…………」
気が付けば会話はなくなっていた。
最初は味の感想やら盛り付けられた野菜の名前当てやらで、それなりに喋っていたけれど、次第に煩わしくなってしまったのだ。
黙々と、器とハシの触れ合う音だけが響く。
やがて食べきれないと思っていた沢山の料理たちは、互いの胃の中に全て収まった。最後に二度目のチャレンジを試みたお茶を啜ると、どちらからともなく「ごちそうさま」と口にする。今度は上手く淹れることができた。
「……よし、行くか」
ひと呼吸置いてから、サリエリが徐に立ち上がる。
その言葉に頷き、僕も同じく立ち上がった。
僕は明るいベージュのコートに黄緑のマフラー、サリエリは黒のコートに灰色のマフラー。それぞれの防寒対策を施して準備万端だ。
そして部屋を後にして目的の内庭へ、他愛のない話をしながら向かった。