なんだかんだ部屋には戻らず、休憩スペースのソファでのんびり雪景色を眺めていると、少しずつ外が暗くなっていることに気が付いた。
僕の我が儘で始まった温泉旅行だけれど、それもあと少しで終わってしまう。移動中は背中と尻がギシギシと痛んだし、いざ到着すると恐怖を抱かせる雪の壁に遭遇するしで、多難な前途だった。でもいざ中に入れば、それまでの苦労を労うかのように、心地好く過ごすことができたのだ。
できることなら、もっとここにいたい。むしろここに住みたい。
そんなことを言ったら、隣で同じように寛いでいるパートナーはそれを許さないだろう。寂しいけれど、明日にはここを発たなければならないのだから。
「……楽しかったね、サリエリ」
闇が徐々に深くなってゆく様を見つめながらぽつりと零す。
すると、一緒に感傷に浸っていたはずのサリエリが急に上体を起こし僕の方へ詰め寄った。
「何を言っている。貴様、椿の花を見ないつもりか」
彼の剣幕に湧き上がる疑問。思わず首をかしげて見つめ返してしまう。
つばき――ツバキ。
――椿!
すっかり忘れてた!
「えっどうしよう! もうすぐ夜になっちゃうよ! てか、ほとんど夜なんだけど!」
なんで言ってくれなかったんだ。
自分が言い出したことなのに、全力で棚に上げて僕は語気を荒くする。
「安心しろ。さっき従業員を探すついでに聞いたのだが、内庭の散策は昼より夜の方が楽しめるらしい。白と赤のコントラストが映えて美しいのだそうだ」
「なんだよ……。それならそうと早く言ってくれよ……」
「どの道時間になれば声をかけるつもりだったさ。それまではアマデウスの好きに動けばいい」
彼氏力の高さは元より、彼女力の高さも見せつけられて思わず脱力する。
なんだか今日は色んなことに驚いてばかりだ。
もちろん、その筆頭は目の前の彼なのだけれど。
寛いでいたはずなのに、驚いたり脱力したりと忙しなく動いていたら不意にぐぅ、という音が聞こえて固まる。三拍ほどの間が空くと先に噴き出したのはサリエリだった。
「ふっ、くく……そういえば、確かに腹が減ったな」
「それ、笑いながら言うこと?」
失礼にも程がある。僕は口を尖らせた。
「いや……すまない。そろそろ夕食の時間だろうから戻ろう」
どうやらツボに嵌まってしまったらしいサリエリはくつくつと肩を震わせ続けていた。笑いをこらえようとしているところが余計に腹立つ。
僕は無言で立ち上がり、彼の腕を強く引いて足早に歩く。
その間、サリエリはまだ笑っていた。