シャーデンフロイデの羊

 割れんばかりの歓声と眩い照明が、二人の男に向かって降り注ぐ。円形にくり抜かれたような形状のスタジアムの床は、中心が最も低く、外周へ行くほど高い。その構造は観衆を第一に考えられた、合理性の高い見世物施設であった。
 見世物のひとりである丸藤亮は、細い指に挟んだカードをデュエルディスクに並べていく。カードの絵柄を読み取ったシステムが持ち主の足下に光の間欠泉を発生させると、その源泉から三体の竜が這い出てきた。竜は蔦さながらのように絡み合い、光を纏って溶けていく。輪郭だけを残した光の塊は一対の翼を生やすと、三つ首の龍に姿を変えて霧散した。
 龍は雄々しい咆哮を会場に轟かせた。闘気と轟音によって発生した強風に、観衆は身を屈めてひれ伏してゆく。やがて風は、沈黙を連れたのちに消失した。
 亮による一連の手さばきを、もうひとりの見世物である男は生唾を飲み下しながら仰視する。今、手番を支配しているのは紛れもなく眼前の男であるのだが、どうしてか急かされているかのような焦燥を募らせてゆく。指先は温度を失い、背中は冷えた汗でびっしょりと濡れている。怖気を覚えた両膝はとうに笑っており、このまま背を向けて逃げてしまいたい衝動に駆られた。
 対する亮は、相手の変化を真っ直ぐ捉えたまま沈黙を続ける。血の気を失った顔にさしたる興味はなく、男の伏せた罠が発動される瞬間をひたすら待つ。一瞬、それとなく促してみようかとも考えたが、男の踵が後退を始めているのに気付いてからはやめた。いかに周囲が娯楽的な楽しみをしていても、渦中の者達にとってデュエルとは、人生や矜持を懸けた闘争に他ならないからである。たったひとつしかない〝勝利〟を求めてデッキを練り上げ、闘技の場に立つ。それがプロの舞台ともなれば、求められる覚悟は一入だ。
 つまり亮の召喚した切り札で怖気付く対者の男には、その最低限の覚悟すら足りなかったということである。そのような腰抜けに助け船を出してやるほどの情けなど、今の亮はとうに棄てていた。
 亮の白い相貌が不満げに歪む。期待外れだと口にするのも馬鹿らしい。さっさとバトルフェイズの移行を告げると、演出もへったくれもない機械的な動作でとどめを刺した。呆気なく葬られる対者のライフポイント。罠が発動することは、最後までなかった。
 デュエルが終われば、この場所に用はなくなる。亮はくるりと背を向け、足早に選手通路の中へと消えていく。
 また、渇きを満たすには足りなかった。
 黒衣をはためかせながら、昏い廊下で独り言ちる。