潮騒と共に風が頬を撫ぜる。漆黒に染まる水平線に向かって三百六十度回転する光の筋を、純白をたなびかせるふたつの長身がじっと立ち眺めていた。ただ静かに、世界を彩る音に耳を傾けている。
燕尾状に裁断された制服を纏う青年は進んで言葉を発しない。話題の提供者は、専らもうひとりの役割だった。
「キミは眩しいなぁ、亮」
円みを帯びた低音が汐風に乗って穏やかに流れる。亮と呼ばれた男もそれに続こうとしたが、無口故にあまり上手くいかなかった。
「……オレが? 冗談だろう」
おずおずと発された科白は風に乗らず、そのまま重力に従って落ちた。磁器色の肌と
「それはキミ自身が気付いていないだけさ。光源は己の眩しさを知らない。それと同じことだよ」
そこに立つ灯台のようにね、と背後を指差して笑う。
死んだ光が淡く降り注ぐだけの暗い港にて。船の道標たる灯台の足下に立つふたりは、その恩恵を受けられない。亮はくるくると回り続ける光の筋を一瞥した後「オレは灯台か」と吹雪に問うた。
「そうだね、とてもよく似ている。模範的だし安定的だし、デュエルをするときの厳然たる立ち居振る舞いには、誰もがこうありたいと思うだろうね」
賛辞を口にする吹雪の声音は、さながら歌うようである。低いながらも軽やかで、滑らかな抑揚が心地好い。くるくるとよく回る表情と同じだけ多彩なそれに、亮は好ましさを覚えていた。
「買い被りすぎだ。そもそもデュエルとは、カードを扱う人間ひとりひとりに魂が宿るもので、人の数だけプレイスタイルがある。オレ達は皆、己のデュエルを磨くためにこの島に来ているはずだろう?」
「本来ならキミの言う通りさ。でもそんな人ばかりじゃない。ボクや亮は、どちらかというと自分のデュエルを持っているからいいけれど、実際は己のプレイスタイルが見付からず、ボクやキミを模倣してやり過ごそうとする者もいる」
まあきっと少数派なんだろうけどね、とフォローを入れつつも、少し困ったように目を伏せる。隣に立つ亮はチラリと一瞥した後、また元の水平線に視線を戻した。何の感慨も湧かないと言いたげな仏頂面だった。
「それでは、いつまでも確立できないだろうな」
冷厳な風采を持つ男の声は、それに負けず劣らずの平淡さだった。旧友である吹雪にとって亮の素っ気ない態度には慣れっこらしく、ごく自然に零された無情な正論に苦笑しながらも同意した。怒るでも抗議するでもなく、ただありのまま突きつけた辛い現実の正しさを補完する。
亮は口数の少なさ故か、誰よりも発した言葉の重みについて理解していた。それを知っている吹雪は、厳しい科白を零す亮の胸中を僅かながらも汲み取ったのではないだろうか。
いつもの饒舌さで持論を展開していた吹雪が、ふと口を閉ざす。一方的だった会話が途切れ、サラサラと流れる汐風と海の音だけが残った。
夜が深まり、徐々にふたりの顔が闇に攫われてゆく。
「だから……亮は眩しいんだよ」
ぽつり。
風に乗り損ねて科白が落ちる。
溌剌とした太陽のような男には似つかわしくない声音に、流石の亮も切れ長の瞳を丸くさせた。
「闇はキミに近付くことすらできないだろう。眩い光が奴らを寄せ付けない。気高く、揺るぎない足下から召喚されるサイバー・エンド・ドラゴンがキミを守るからね。そう……あれは正に、灯台の明かりに似ている……」
「……」
「だから亮には、道標になってほしい。この島で一番見晴らしのいい場所に立って、闇の海を航行する船を照らしてほしいんだ」
「その役目は、オレより吹雪の方が合っている」
「ボクじゃあ駄目だ。ボクは闇を知っているし、闇に飲まれていった人も見ている」
「ならば尚更、その者の傍に立ってやれないのか?」
「立てるよ。だがそれじゃあ一緒に迷うだけさ。道標じゃない」
亮の顔がみるみる曇ってゆく。難解な哲学を語るような吹雪の弁舌に追いつけず、遂には首を傾げてしまう。具体的なようで抽象的な寓話。精悍な眉が歪み、間に刻まれた皺が深くなってゆく。
どんな言葉をかければ理解できるか、何と科白を吐けば吹雪の胸中を読むことができるか。
デュエルフィールドに立つときの明晰な頭脳は、単純なコミュニケーションの場においては無知にも等しかった。亮の胸に、叱られた子供が言い訳を探すような焦燥が募る。
「なら、オレはどうすればいい?」
仮に自分が灯台だったとして、どうすればその明かりを十分に発揮することができるだろう。
絞り出すように導き出した疑問は十全な言葉にならなかった。殆ど丸投げに近い問いかけに、亮の眉間は更に深い皺を刻む。言葉が持つ即効性を信じてこなかったツケをここで返されたような気持ちになり、内心で舌打ちする。
温もりが失せ、それでも尚体温を奪おうと流れる風に、亮の肩がふるりと竦んだ。
もうじき、日付が変わってしまう。僅かに目を細めた瞬間、世界が右に揺れた。
「……ッ!?」
吹雪に肩を掴まれ、強引に相対する。
深みを増したセピア色の瞳が亮を射止めた。普段からこれくらい真剣な眼差しをしていれば同輩に揶揄われることもないだろうに、などと失礼極まりない一言が脳裏を過ったが、それどころではなかった。
いっとう冷たい風が互いの頬を刺す。
しかし、心臓は早鐘を打ち、体温は上昇してゆく。
目を離すことができない。
やがて薄く形のいい唇が開く。甘い低音が、訴えかけるように亮の鼓膜を震わせた。
「この先、何があろうとも……亮は亮のままでいてくれ」