手入れの行き届いた銀灰色の羽を折りたたみ、カナリアは座っていた。
満月の柔い光を受けてキラキラと反射するそれは、今にも飛び立ちそうなほどに美しく、両目にはめ込まれたルビー色はいっそ神々しさすら感じる。
しかし月光の煌めきとは裏腹に、このカナリアの表情は一切の希望を捨てていた。
まるで掘り起こして間もない原石のように濁った双眸。それは常に、慣れ親しんでいるはずの空に思いを馳せては心に影を落とす。
羽を広げ、動かしてみる。だが身体が持ち上がることはない。ならばと小さな嘴を開き、主が好いていた歌を口ずさむ。だがその喉は、ただ空気が通り抜けただけだった。
カナリアは絶望した。
私はなぜここにいるのだろう。
飼い主を喜ばせることもできず、飛び回って楽しませることもできない者に生きる価値などないはずだ。捨てられ、路地裏で汚物にまみれながら緩やかに死を待つ。自分はそうしてこの生を終わらせる予定だったのに。
それなのに、他の観賞動物と同じく安全な檻の中で変わらず世話をしてもらっている。なぜなのだろう。
わからない。
主が何を考えて自分を傍に置いているのか、アイデンティティの崩壊した彼には何の答えも見出せなかった。
カナリアは絶望した。
◆
檻の中ではらはらと水晶の様な涙を零すこの鳥はとても美しい。
けれど存在意義を失ったと思っている彼は、きっとそのことに気付いていないだろう。彼は翼と声を失った自分に価値を見いだせていないのだ。
彼はとても美しい。カナリアにしては珍しい灰銀の羽毛を纏い、その瞳はガーネットのように煌めいている。今は絶望で光がくすんでしまっているが、そんなものは些事でしかない。
僕は、月の光を受けて淡く反射する彼の羽が好きだ。
飛べなくなったのなら、ずっと時間の許す限り眺め続けることができる。彼が命を全うするまで傍にいて、その美しい翼を愛で続けるのだ。
飼い主は歓喜した。
僕は、光を失い絶望の滴を流し続ける彼の瞳が好きだ。
歌えなくなったのなら、それ以上の音楽で彼を包んでやればいい。幸い、彼は僕の音楽を聴くのが大好きだ。彼の代わりに奏でる音に耳を傾け、けれど本来の役目を思い出しては絶望し、罪悪感に満ちた瞳を潤ませて僕を見詰めるだろう。
ああ、なんて堪らないのか。
飼い主は歓喜した。