Lacrimosa.

 親愛なるパパへ

 ごきげんいかが?
 まあ、君のことだから元気に仕事に追われてるんだろうね。だいたい、僕よりワーカホリックなくせによく病気のひとつもしないよね。やっぱり毎日快便だから? ――やだよ、そんな顔しないでおくれよ。いつものジョークだろ。――まあいいや。
 何度か君とはこうしてやりとりしたけれど、今回のは届けないことにする。この家のどこかに隠しておくからぜひ頑張って見つけ出してくれたまえ。
 で、晴れて発見した暁には君に素敵なプレゼントと、たぶん最後になるだろうお願いを書き残しておくから楽しみに読んでほしい。
 それではまずプレゼント――の前にお礼を言わなきゃだね。
 改めて今日は僕のオペラを見に来てくれてありがとう! まずまずの初演だったと思ったけどどうだったかい? ――というか、ものすごい勢いで褒めてくれたよね。あれにはびっくりしたけど内心では物凄く嬉しかったんだぜ。カタリーナにもお礼を伝えておいておくれよ。
 さて、お待ちかねのプレゼントだけど、この手紙を見つけてくれた君には僕の作曲の続きを書く権利を与えよう!
 ――もっと他のものの方がよさそうな顔をしてるな? 君だってわかってるだろ。僕にはもう君に与えられるものなんて音楽以外にはないんだ。だから、絶対に見せたくない書き途中の曲を見せるに加えて続きを書かせてやろうって言ってるんだぜ。もっと喜んでくれよ。
 ――ごめん、それは流石に言い過ぎたね。ごめん。
 で、もうひとつのお願いはと言うのは――そう、僕がいま作曲を進めているレクイエムの続きを書いてほしいんだ。
 まあ、プレゼントとお願いの内容が殆ど変わらないっていうのはそういうこと。君ならこの僕の望みをどっちに捉えてくれるんだろうね。とても気になるけど多分その頃には僕はいないかな。僕としてはプレゼントと思ってもらえると嬉しいな。期限は僕が死んだ次の日の夜まで。それまでに見つけられなかったらジュスマイヤーにでもお願いするとするよ。なかなかいい弟子だからね。それなりな曲は書いてくれると思うよ。
 ――でもやっぱり君に書いてほしいなぁ。
 ずっとラッパの音がうるさくてきらいだった。君は気づいているかわからないけど、君とかかわるたびになんども悪魔が僕をよぶんだ。「こちら側へこい」って。マリアのおかげで奴とは決別したはずなのに――ねえ、もしかして君は奴と会ったことがあるの? 奴の声に少しでも耳をかしてしまったの? もしまだなら、はやくこの手紙を見つけて。がんばったんだ。がんばってここまで書いたのに、奴のせいで完成できないまま僕は死ぬだろう。
 そうだよ。僕はもうすぐ死ぬんだ。病だなんだとか言われてるけど、こんなにさむくていたくて苦しいんだ。奴の声にあらがった僕に対する奴なりの仕返しに決まってる。いまもこうして苦しい生活をしいられてるのもきっと奴のせいだ。たぶん君は「身から出たさびだ」って怒るだろうけどね。
 ――そんなわけで、もし僕が死んだあとぶじに君がこの手紙を見つけたなら、どうかレクイエムの続きを書いてくれ。
 そして書きあがったレクイエムを君の指揮でえんそうしてほしいんだ。君と僕と、ふたりの共同作業だよ。たくさん揉めてしまったからね、いつかリベンジしたいと思ってたんだ。君はあの時のことをどう思ってるか知らないけど、僕としてはけっこう楽しんでやってた方だったんだぜ。
 ああ――さみしいな。まさか君があんなに僕の音楽をりかいしてくれるだなんて思わなかったよ。こんなことなら――こんなクソみたいなへんけんなんて持たずに君にせっしていればよかった。ほんと、後悔って先にはこないもんだね。君は僕のことぜんぜん嫌ってなんていなかったのに、どうして僕はずっと君にしっとしてたんだろう。もっと前から君のことを知ろうとしていれば、この結末もなにか変わったかもしれないのに。
 ――いけないな。今日はなんだか文にしまりがないや。あたまの文にくらべてさっきの辺りから読みづらくなってるのはかんべんしてほしい。――じつは何日かに分けて書いてるんだ。だんだん手に力が入らなくなってきててね。もうすぐ迎えが来るのかな。でもほら、死ぬ前にちゃんと出すものだしてスッキリしたいじゃん?
 あーどうしよう。ぜんぜん字がかけないや。きみはこのへんの文ちゃんとよめてる? もうこれでさいごにするからゆるして。
 Lieber Papa. こんなぼくの音楽をりかいしてくれてありがとう。こんなぼくをきにかけてくれてありがとう。こんなぼくのオペラを見に、そして「すてきだ」とほめてくれてありがとう。
 しあわせとは言えなかったけど、きみのおかげでわるくない人生だったとおもう。
 さいごに、このてがみをよんだあとは、だれのめにもふれないようもやしてほしい。あくまにみつかりでもしたらたいへんだからね。

【差出人の名前は読み取れない】

   ◆

「サリエリ」
 彼が篭っているであろう部屋の前に立ち。小さく名を呼ぶ。返事はなかった。
 サリエリは、今日を迎えた瞬間、マスターに申し出てすぐさま部屋に引っ込んでしまったらしい。聞くと〝自我が特に保てなくなるから〟らしい。
 ばかばかしいと思った。普段から割と迷子気味な自我が更に迷子になるだなんて、一体どんな差があるというのだろう。うっかりそう口を滑らせかけて、何とか踏み留まった。
 揶揄い甲斐のある奴が引き篭もってしまい手持ち無沙汰になった僕は、けれどピアノを弾く気には何故かどうしてもなれず、ブラブラと歩いてはそこへ辿り着いてしまった。
「サリエリ」
 もう一度呼ぶ。やはり返事はなかった。仕方なく扉に背を預け座り込む。
 きっと彼なりに気遣っているのだろう。今日は人間として自分が終わった日。そして同時に、自分が英霊として座に招かれた日でもある。最初はその日が来るたびに数をかぞえていたが、百ほど数えたところで飽きてしまい、やめた。
 この日に自我がいっとう不安定になると言うサリエリ。きっとそれは、自分の死後に完成し演奏されたあの曲が原因なのだろう。カルデアに召喚されてすぐ、確認のために聴いたそれは彼の手によるものではなかった。間に合わなかったのだろう。皮肉なことに、彼は曲が完成してから手紙の存在を知り、それを燃やして指揮をするという約束は果たしたが作曲を引き継ぐことはできなかったのだ。そのことを後悔し、自己を責め、こうして部屋に篭っている。彼から直接聞いた訳ではないが何となく察しはついた。
「……あんなの、ほとんど独白に近いものだったのにさ」
 ばかだなぁ。
 こんなくだらないギャンブルみたいな賭けのせいで気に病んでほしくないのに。だからわざわざ期限なんて設けて弟子に書かせようかなんて記したのに。
 きっと、あの手紙をしたためようと思い立った時点で間違いだったのだ。
「ほんと、後悔って先には来ないもんだね……」
 生前からずっと根深く僕らを引き裂き続けた誤解と誤認は、サーヴァントとなった今でも解ける気配はないらしい。
 案外永いこと座り込んでいたようで、ゆるりと立ち上がると尻が鈍く痛みを訴えてきた。暫くさすった後、今度は娯楽室に向けて歩き出す。後の資料では、未完成だったレクイエムは弟子の手によって完成に至ったらしい。せっかくの命日なら、一度演奏して作曲の腕前を見てやるのも面白いかもしれない。もしかしたら自分の曲を聴いた彼が我慢できず出てきてくれるかもしれないし。
 そんなくだらない賭けに胸を躍らせながら、静かにレクイエムを口ずさみ、白い廊下を歩いてゆく。

 僕が英霊となって二二七回目の十二月五日のことだった。