膿 ※R18

『生徒の皆さん、おはようございます』
 週の始まりを告げる朝礼にて、教室の大モニターには柔和な笑みを浮かべた鮫島の姿が映し出されていた。冗長な演説は眠気を誘う。監督する担任教師に見付からないよう、欠伸を噛み殺すラー・イエローの生徒。昨晩は夜更かしでもしたのか、ゆらゆらと船を漕ぐオベリスク・ブルーの生徒。低く聞き心地のいい鮫島の声から放たれる強力な睡魔は、所属する寮の色などお構いなしに襲い掛かる。
 しかしその中で、ひとりだけ別の反応を示す者がいた。
「……ん……く……」
 丸藤亮である。彼だけは、熱に浮かされたかのような表情を浮かべながら、頻りに顔を伏せていた。眉を寄せ、瞼を閉じ、奥歯を噛み締め、詰めた呼吸をゆっくりと吐き出していく。その吐息は些か熱っぽく、まるで何かを我慢しているかのようであった。緊張の走る亮の全身が、僅かにもぞりと身動ぎする。一連の反応は、睡魔に抗おうとするそれではなかった。
「おい、丸藤……」
 亮の反応に不信感を覚えた隣席の生徒が堪らず身を捻る。先生に見付からないように潜めた声は、当人の鼓膜へ届くことはなかった。困惑する生徒を余所に、亮の妙な不調は悪化の一途を辿っていく。顔を伏せたまま、徐々に上体が維持できなくなっていた。
 これにはさしもの生徒も驚愕した。いつ如何なるときも悠然と構えているあの丸藤亮が、不調に見舞われるなどあり得ないと狼狽する。このまま放っておけば授業などままならなくなるのではないかと考えた生徒は、亮の肩に手を置いて揺らした。
「丸藤ってば……! お前、大丈夫か?」
 耳許から生徒の声がして、亮はハッと我に返った。呆然と目を見開いたまま生徒に視線を向ける。生徒も似た顔をしていた。
「一体どうしたんだよ。体調が悪いなら、保健室行くか?」
「あ……」
 生徒の科白が素通りしていく。碌な反応を示さない亮に生徒の胸中に焦燥が募る。生徒は再度保健室へ行くかどうか尋ねると、亮は躊躇うような表情を浮かべつつも、やがて「ああ」と首肯した。ようやく返答を聞いた生徒は手を上げて担任を呼び、亮が教室を抜ける旨を簡潔に伝える。教室は困惑で一時ざわめいたが、担任の許可をもらった亮と生徒は構わず席を立った。

   ◆

 それが、つい三十分ほど前に起きた出来事である。
「ん……ぁ……はぁ……」
 亮は今、保健室ではなく、校長室付近の多目的トイレに籠もっている。教室を出て間もなく、付き添おうとしたクラスメイトに断りを入れて戻ってもらったのだ。生徒の姿が完全に教室へ消えたのを確認し、保健室とは反対のフロアへ走って行った。三階層目にある多目的トイレを目指したのである。
 亮は、入室するなり洋式の便座の前に立ちなりふり構わずベルトを寛げた。時折指を縺れさせながらも下着ごとズボンを下ろすと、くるりと向きを変えて蓋がされたままのそこに腰かけた。
 堪らず両脚を広げる。中心には赤黒く首をもたげる性器が飢えるように雫を垂らす。汚さないように左手で服をたくし上げ、右手はそろそろと下肢に伸びていく。が、亮の指が触れたのは性器ではなかった。
「は、ぁ……ぁ」
 ゆっくりと深い呼吸を繰り返しながら、細くしなやかな指を下肢に埋めていく。肛門よりも手前の位置、男性でいうところの会陰部がある場所に、亮は女性器を携えていたのだ。そこは今、まるでグロスを塗られたかのような光沢を纏っている。
「ぁ、ぁ、ァ……」
 ぬらりと亮の指を受け入れる陰部は柔らかく熟れていた。異物の感覚に、甘い痺れが全身に伝播していく。朝礼が始まってから亮を苛み続けていた疼きは急速に膨れ上がり、思わず肩をすくめて仰け反った。
「……はぁ、ン……ん……」
 くち、と粘着質な音が鳴る。タイル張りの部屋はやけに大きく響いた。増幅された音は跳ね返りの末に持ち主の鼓膜へ戻り、亮の聴覚を犯す。脳すら嬲られているような感覚に普段の自慰以上に興奮を覚え、いっそう身悶えた。
「う、く……ぁう、う……ん」
 徐々に弛緩していく肉唇は、次第に物足りなさを訴えてきた。欲に促されるまま指を増やすと、音は一段と大きく卑猥に響く。熱は下腹部を中心に暴れ回り、急速に膨れ上がる快感に狂いそうになる。本能に侵蝕されていく理性。朝からトイレに駆け込んでまで何をしているのかと嘲笑う者は、生憎と皆無である。ただ一点、ここで声を上げれば取り返しのつかない事態に発展しかねないという恐怖心が、必死に理性にぶら下がっていた。
 しかし重力に抗うことは、当然ながら愚行である。
「んんっ、は、ァ、ァ……」
 声のトーンが上がる。比例して、反響も強くなっていく。それは、なけなしの理性が力尽きようとしている証拠であった。自らに埋める指の数はまたしても増え、その圧迫に身を委ねながら快感を貪る動きを激しくしていく。大胆に攪拌し、敏感な場所を探して押し込む。上体を支えきれなくなった身体はズルズルと沈み、潜り込んでいく。腰で座るような体勢になると、制服をたくし上げていた左手が左脚に移り抱え上げる。
「あぁっ、イ……あぅ、ァ……」
 前方に晒す恰好となった女陰は、更に挿入が容易になった。亮は指を一気に奥へ突き入れる。根元を完全に飲み込んだ体内は、挿入の衝撃で蠢いた。ビクリと跳ねる腰。しかし、解放には至らない。
(……たりない……っ)
 やがて、固く閉ざされた瞼の隙間から涙が滲み始めるようになった。抉っても掻き混ぜても、温く炙られるような感覚から抜け出せなくて苦しい。自分の力だけでは最早どうにもならない状況に情けなさが込み上げてくる。
 フラッシュバックする過去。兄弟子達に押さえつけられながら無理矢理晒された素肌の上に、中年の男の舌がぬらりと滑る。低く聞き心地のいい声は今も昔も変わらない。しかし、現在ではを潜めている嗜虐的な獣心が、かつてはギラギラと亮に向けられていたことを知っている。無力な子供を手籠めにするための言葉が、亮の脳内で次々に再生された。その幻聴を耳にする度に体内の熱は積み上がり、女陰はいっそう濡れそぼっていく。
 これだけ貪っても渇きは満たされない。頭ではわかっていても、奥深くまで刻みつけられた淫らな欲求に抗うことは不可能であった。

「見ておれんな、亮」

 ゆえに、ある意味死刑宣告でもある彼の侵入に本来なら絶望しなければならないはずが、このときばかりは歓喜に打ち震えた。
「……ぁ……し、はん……」
「鍵の閉め忘れとは、お前にあるまじき失態だな。廊下にまで響いていたぞ」
 そう言いながら、鮫島はトイレの扉を施錠した。大きく靴音を響かせて、ゆっくりと近付いてくる。瞠目したままの亮は、だらしなく弛緩する唇を動かしてどうにか言葉を紡ごうとするも、零れるのは意味を持たない喃語ばかりであった。
 鮫島の顔が迫る。鮫島は、指を突っ込んだままの亮の女陰に自身の指を挿入した。
 瞬間、自慰では得ることの叶わなかった快感と圧迫感が襲い、亮の身体がビクリと仰け反る。
「あァッ、ん!」
「朝からこんなに濡らして……まったく、だらしのない」
 亮は、反射的に閉じかけた脚を鮫島に押さえ込まれた。逃げ場のなくなった快感は下腹部に溜まり、白濁となって迸る。待ちに待った絶頂の後、重い倦怠感が襲い掛かった。
「さて……仕置きをせねばならんな」
 荒い息遣いが冷たい部屋に充満する。
 亮の地獄はこれからだった。