腹上死 ※R18

「死にたい」

 旅行先で買った風鈴が外の風を受けてチリンと鳴った。

   ◆

 朱色の魚が水草の間を優雅に泳ぐ姿が描かれている。ヒラヒラと揺れる札が、まるでサリエリの言葉に同意するかのようだと思った。
 アップライトピアノの鍵盤と向き合っていた僕は、自分が奏でる即興曲を譜面に落とし込んでいるはずのサリエリをチラリと一瞥する。すると蕩けた赤い瞳と目が合った。
「どうしたの? 急に」
 サリエリはまるで先程食べたケーキの話をするかのように、薄い唇を徐に開く。
「いやなに、幸せに浸っていたら急に怖ろしくなってな」
「なんだよそれ」
 口を開けば不穏な科白しか吐かないのに、表情は至って普通だ。いや、普段以上の穏やかさすら感じる。
 サリエリは持っていたペンを置いて立ち上がった。僕の座るピアノ椅子へ真っ直ぐやってきて、身を寄せるようにして横に腰掛ける。僅かに触れたサリエリの手。その体温と湿り気に、死から程近くて程遠いあの感覚を思い出して顔が熱くなった。
「するか?」
 あ、これは気付いたな? 思わず溜め息が出た。
「したら死んじゃわない?」
「さあ。それはしてみないと判らないだろう」
 言いながら、サリエリの指が僕の太股の上をいやらしく這い回る。する、するり。まるで譜面をなぞるような手つきで僕を誘う。そして止まったそこは、僅かに兆しを見せた僕の欲。真昼の一番熱い時間帯だというのに、僕らは脳みそまで茹だってしまったのだろうか。
 ピアノの上に置かれたエアコンのリモコンを手に取る。
「ベッドはそぐそこだよ」
「待ちきれないな」
 そして二度、温度を下げるよう命令した。

   ◆

 風鈴の清涼な音と安いベッドのスプリング音が、情事の卑猥な音と混ざり合う。暑くなることを予想して温度を下げたのに、互いの身体は汗に塗れていた。溶けきったアイスのように蕩けた肉壺の中を僕の熱で埋める。ぐぷぐぷと響く水音を耳にしたサリエリは、シーツに深い皺を刻みながらびくびくと身体をくねらせた。まるで風鈴に描かれた魚のように、袖を通しているだけのワイシャツが形を変えて広がってゆく。
「あぁ……は、はぁ……」
 荒くも深い呼吸の中で僅かに混じる声にはいつしか色が混ざっていた。じわりと、少しずつ画用紙の中へ浸透してゆくかのように、サリエリは少しずつ色を纏ってゆく。汗ばんだ薄桃色のキャンバス。その上で、苛烈な印象を受ける真紅の双眸がどろりと滲む。上がる吐息は嬌声と混ざり合い、僕の手でキャンバスを淫らに彩る。
 芸術的なまでに艶めかしい声と肢体ができあがってくると、たちまちサリエリの中に収まる熱が膨張した。そうして中へ打ち付ける僕の子種で、サリエリの淫靡な姿が完成するのだ。
「……ん、ぁ……ぁぁ」
 僅かに腰を引く。カリ首が中のしこりに引っかかると、跳ねる腰の動きに併せて勃ち上がっていたサリエリのペニスが震えた。ぷくりと零れ出す蜜を絡め取って扱いてやる。すると背中が浮き上がり、いっとう大きく仰け反った。
「あぁぁ! ああっ、あ、ひぃ、ぃあぁ……!」
 ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて抽挿を繰り返せば、結腸の入り口と前立腺を往復する衝撃にサリエリの声が上ずる。嬌声だったものが段々と悲鳴に変わり、普段喋るときよりも数段高いトーンで鳴くものだから、まるで女のようだと思った。
「あっあっ……いく、イ、く……」
 サリエリの腕が絶頂寸前を訴えながら僕の背中に回る。むわりとした体温を感じて更なる興奮を覚えた僕は、サリエリの腰を掴んだ。入り口で止まっていた結腸の中へ、自身の剛直をねじ込んでやった。
「ああ゙あ゙ぁぁぁぁ!」
 悲鳴が濁り始める。大きく反り返った喉には汗が滲み、僕の腰を挟む太股は引き攣ったように痙攣している。天を向くサリエリのペニスはただ震えているだけで射精しておらず、それは天井を突き抜けた性感を覚えていることを示していた。飲み込みきれなかった涎が顎を伝って汗と混じる。少し腰を動かされただけでキツく食い締めるサリエリの肉筒は僕の子種を欲していた。
「きもちぃ、い……あまでうす……もう……」
「っ……なぁに? 自分から誘っておいて、もう限界なの?」
「ぅ、ぁ……もう、これ以上は……しんでしまう……」
 そういえば、先程サリエリは死にたいと言っていた。あの口振りだと、どうせ死ぬのなら幸せの絶頂である今がいいということなのではないだろうか。
 自分から言い出したことなのに、怖じ気づいてしまったのだろうか。
 僅かに苛立ちを覚えた僕は、サリエリに意地悪してやることを思い付いた。
「でもサリエリ。キミ、死にたいんだろう?」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔が僕を見ている。その隙にサリエリの後頭部から髪留めを奪う。
 そして根元に縛り付け、律動を再開しつつサリエリのペニスを握ってやった。
「あがぁぁ! ああアァァァァ!」
 僕のカウパー液とローションが混ざり合い、泡となって外へ漏れ出る。それを押し戻すように奥を暴きながら尿道を親指で引っ掻いてやると、甲高い悲鳴を上げてサリエリは首を振った。
 涙と汗が僕の頬に飛び散る。しぬ、しぬと繰り返しながらサリエリはグズグズに蕩けきった顔を晒す。許容量を超えた快感が苦しくて、シーツの海を暴れ回った。背中に鋭い痛みを感じて顔を顰める。サリエリの奴め、僕の背中に爪を立てたらしい。まるで煽られたような気がして、僕は腰の動きを更に激しくした。
「いああぁぁ、だめ、だめ、やぁぁ……! もう、もう……ッ!」

 ――ゆるして。

 そう言われた気がした。僕はサリエリの望みを叶えてやろうってのに、何を許してほしいのだろう。
 そもそも、何度も繰り返したセックスで死ぬ訳なんてないのに。
 おかしな奴。
 僕はサリエリの性感帯を責め立てながら縛り付けていた髪留めを解いてやった。
「……ッじゃあ、これからもっと天国見せてやるよ……!」
「ヒッ! アァーーーーーー!!」
 痙攣が硬直に変わった。手の中のペニスからは勢いよく潮が噴き出し、腹の中は激しい収縮を繰り返している。そして異常な程に引き攣った身体。上向いた瞳は焦点を失い半ば白目を剥いていて酷い顔だ。飛んでいった意識が一向に戻ってこない。あーあーと力なく喃語を零していることにすら気付いていないだろう。中と外の両方からオーガズムを迎えて、サリエリは正気をやっていた。

「はぁ……はぁ……、どう……?」
 荒い呼吸が部屋を埋める。その中に、少しだけ強くなったらしい風に煽られて風鈴が激しく鳴っていた。

 ――チリリン、チリチリ。

 サリエリの意識はまだ戻らない。口端から唾液が漏れ出し、頬を伝ってシーツに吸い込まれてゆく。

 ――チリンチリ――カツン。

 音が透明感を失った。窓に目を向けると、いつの間にか曇りだした空を映す風鈴に、大きな罅が一筋入っていた。せっかく買ったお土産なのに、もったいない。

「ねぇサリエリ、今しあわせ?」

 サリエリは返事をしてくれなかった。