さく、さく、さく――
目の前に聳え立つ洋菓子の塔を、無心に崩す男がいる。傍らの小さな平皿には半分にされた白桃がひとつ乗っていて、それは先程まで塔の天辺に君臨していた。
さく、さく、さく――
その塔は〝パフェ〟という名前である。透明な硝子でできたグラスに映る菓子の層は、見事な芸術品だ。上から薄桃色のシャーベット、果実、シリアル、クリーム、スポンジ、そしてバニラアイス。中でも中央に薄く敷き詰められたシリアルの食感が、いいアクセントになることだろう。シリアルの上で瑞々しい光沢を纏っている果実は桃だ。平皿に移された桃の片割れだろうと思われる。溶けかけたシャーベットと絡み合い、甘い蜜を纏っている。
グラスの内側面で彩りを添えているのは真っ赤なジャムだった。底へ向かうにつれてジャム同士が収束し、より濃い赤を放っている。苺よりも深く、情熱的だと思い目を凝らすと、ラズベリーのジャムだった。
さく、さく、さく――
見ているだけで唾液が異常分泌しそうな程に甘美な硝子の塔が照明を反射して煌めく。その屋根を退かして顕わになった中身に、目の前の男は無情にもスプーンを突き立てている。軽快な音を立てながら、無心に、無表情に。おおよそ甘味を食す者の表情から最も遠い相貌を貼り付けて。いっそ機械的ですらある程の動きで以て、あの美しい層を濁らせてゆく。
さく、さく、さく――
迷いがない、躊躇いもない。ぞっとする程に思い切りがいい。ジャムによく似た色の瞳を伏せ、左手はステムに添えて、一定の速度で右腕を上下に動かしている。
さく――ぐちゅ。
藤丸立香は眉を顰めた。美しかった層が、様々な食感が楽しめそうな層が、全てひとつに混ざってしまう。シャーベットが、アイスクリームが、クリームが、細長いスプーンによって丁寧に攪拌され全ての食感を殺してゆく。個性的だったはずの菓子達は皆、徐々に液体と化しつつある氷菓子によってどろどろに溶かされていった。赤いジャムがグラス一杯に広がる。果実も、スポンジも、氷菓子も、グラスの中のものは全て赤に侵されてゆく。
ぐちゅ、ぐち、ぐち――
男の腕が円を描くような動きに変わった。形を失った氷菓子が厭な音を立て始める。まるで臓腑に触れるような音だ、だなんて酷い妄想に取り憑かれる。男はなおも匙を突き立てていた。それが鈍く光る刀身を幻視する。
嗚呼、彼が愛用している
またしても物騒な回顧をしてしまった。
「マスター」
男の手が止まる。一度もブレなかった視線が漸く上がり、今度は藤丸を見詰めていた。
「我がどんなサーヴァントか知りたいと言っていたな?」
灰を被ったようなくすんだ銀糸が、惑わすように揺れている。その隙間から覗く瞳は、あのパフェに向けていた視線と同じだ。躊躇いのない、無感情で機械的な視線。攪拌されたグラスの中で何もかも飲み込んだジャムと同じ色――だったのが、スと僅かに細まったことで漸く感情のようなものが乗る。藤丸は背筋に薄ら寒いものを感じ、思わず身を震わせた。
男の薄い唇がゆるりと開閉を繰り返す。チラリと覗く舌はジャムのように真っ赤で、甘美な蜜を滴らせている。
哂った。
「これが、我だ」
男の手によって形を失ったパフェが、男と同じ姿勢で行儀よく鎮座している。
無残な姿だが、藤丸の目には何故か――それが哂っているように見えた。