蝋の翼 ※R18 - 6/7

 喜んで、お前と共に生きよう。
 次の街に移ったのは、私が臨月を迎えてからだった。
今度の家も、前回と同程度の比較的新しいアパートだ。相変わらずアマデウスは研究施設を転々としてはそれなりに稼いでくれている。とても有難いことだ。
 このときから、私はいよいよ身動きが取れなくなってきていた。
 息苦しい。
 内臓という内臓が、人の形を取りつつある異物によって押しやられているからだ。
 腹の中身は生きている。自重に辟易していると、まるで主張するかのように、内側からノックするのだ。
 その衝撃は、突き破るほどでないにしても、力強い。
 頻度は日に日に増している。
 同時に、少しずつ下がってゆく質量。
 もうすぐなのだ。
 もうすぐ、男同士の間で生まれた子どもが世に解き放たれるのだ。
 長いことこの薄皮の下で育てていたそれが外気に触れたとき、果たしてこの歪な生命はきちんと〝人〟として生まれてくれるのだろうか。
 そして、私は――
 私は、この子を愛せるのだろうか。
 腹を膨らませることに興奮を覚えるような倒錯者が、〝母〟としての責務を全うすることができるだろうか。
 アマデウスには何度も相談した。
 これまで興奮して止まなかった己の腹が、酷く恐ろしいのだと。
 この子はきっと幸せになれない。
 実験は神への冒涜だ。禁忌だったのだ。
 人でなかったらどうしよう。
 奇形児ですらならない程の化け物だったら?
 否、そもそもこれは妄想の産物で、中身などないのだとしたら?
 ――堕ろしたい。
 泣きながら、そんなことを口走っていた気がする。
 だがアマデウスは、私が如何に豹変しようとも動じなかった。静かに、ただ静かに「大丈夫だ」「僕が付いてる」と囁き、背を撫でてくれた。
 狂乱状態になりながら、記憶にないもっと酷いことも言ったはずだろうに。
 何度も大声で怒鳴っていた気がする。
 ほんの些細な早とちりやすれ違いのせいで、自分でも驚くほど激昂してしまうのだ。
 いずれ訪れる未知の痛みに恐怖しているのか、感情のコントロールが効かない。
 だからなのか、その矛先を常に向けられているアマデウスの方は、酷く冷静だった。
「もうすぐ産まれるんだよ」
 ふたり掛けのソファで寛いでいると、彼は私の腹を撫で、愛おしげに微笑む。
 現金にもその表情を目にすると、僅かだが安心が恐怖に勝る。それを毎日積み重ねた。

 ある日、休日だったアマデウスが「買い物へ行こう」と言い出した。
「どうしたんだ、急に」
「ずっと家の中にいたんじゃあ腐るだろ? それに、昨日前駆陣痛が来たって言ってただろ? だから例の医者を紹介しようと思うんだ」
 恐らく、買い物は建前で、本命はそっちなのだろう。今日は比較的調子のいい私を見て思い立ったのだと思う。
 拒否する理由はない。私はふたつ返事で了承した。
「じゃあ準備ができたらすぐ行こう! 僕は病院にアポ取っとくから支度しといて」
 穏やかな笑顔でリビングを出て行くアマデウス。その背中を、私は見送る。
 そう言えば、こんなにも落ち着いた顔をする彼を見るのは、初めてかもしれない。
 ふと思う。
 研究所を逃げ出してから四十週近くが経つ。各地を転々とし、その度に目にする私の知らない彼の表情に驚かされてきた。
 年相応で、落ち着いていて、子どもっぽいが頼りがいがある。
そんな顔。
見る度に思うのだ。
施設で見せていた表情は、果たして彼のものだったのだろうかと。
あの場所で散々見続けていたアマデウスの姿が、全て、取り繕われたもののように思えるのだ。
今は、そんな仮面染みた印象はない。
嬉しいのだろう。楽しいのだろう。気楽なのだろう。
だが、幸せなのだろうか?
好意を寄せられている事実は間違いなくあるのに、それだけがどうしても、確信できない。
「お待たせ。さあ、行こっか」
 着替えを済ませたアマデウスが戻ってきた。ストライプの入った白シャツにパステルカラーのスラックス、スラックスと同じ色のジャケットを羽織っている。
「ああ、準備はできている」
 出かけることを想定していなかった私に、外歩き用の服はない。ワンピースのような丈長の服にゆったりとしたレギンスタイプのパンツを履いているだけ。色味など、全部無彩色だ。
 返事をしたはずなのに、アマデウスは私の姿を見るなり暫し静止した。無表情なまま、頭からつま先まで、まるで値踏みするかのように視線を上下している。
「……どうした?」
「んー……やっぱり行くかなぁ……」
 まさか、今になって出かけるのをやめるなどと言い出すつもりだろうか。
「やはり、やめた方がいいか……?」
 腹の底から黒い靄が這い出てくる。少しだけ、身を引いた。
 しかし、一通り眺め終わると、アマデウスは再び表情を綻ばせて私の手を引いたのだ。
「そんな訳ないだろ。回るとこ回ったら、君の服買いに行こう」
 ああ、よかった。
 私とアマデウスは、互いに手を繋ぎ合いながら、昼時の街へ繰り出した。
 とはいうものの、特殊な出で立ちをしている私が、あまり大きく出歩くのは得策ではない。これまで何もなかったが、研究データを持ち逃げしているも同然だからだ。そのため、なるべく人通りの少ない道を歩くことにした。
 最初は、生活に必要な消耗品や今晩の食材を購入するところから始まった。
 次に哺乳瓶と粉ミルク。これは生まれた子どもに飲ませるものだ。無事に産まれてくれば、の話だが。
 薄暗い路地を歩くのが殆どだったが、久しぶりに引っ越し以外で歩く外の世界に胸が躍った。
 新鮮な空気。心地よい喧噪。太陽に照らされた街並み。
 そして、私と並び歩くパートナー。
 幸せだ。
 妊娠実験という特異な状況さえ目を瞑れば、これはさして珍しくもない光景だろう。
 だがそれでも――それでも、私は確かに、この何てことない時間を幸せだと感じたのだ。
 永遠に続いてくれたらと思う。
「サリエリ、楽しい?」
 アマデウスが問う。
 分かり切っているだろうに、なんて意地の悪い。
「さあ、どうだろうな」
 だから私も、少しだけ意地悪をしてやる。
 アマデウスは笑っていた。私の意図を読み取ったのだろう。
 ゆっくりと、周りの景色に目を配りながら歩いていると、小さなカフェを見つけた。思わず足が止まる。
「なに? 気になるの?」
 少し先に進んでいたアマデウスが戻ってきた。返事もせず看板を眺め続けている私の横に立ち、同じものを覗き込む。
 分厚いパンケーキが三段に積まれ、その上からシロップが滴っているイラストだった。天辺に乗せられている白くて丸いペーストは、バタークリームか、はたまたアイスクリームか。
 そう言えば、久しく甘味を食していない。
 あんなに好物だったのに、私はすっかり忘れてしまっていた。
「いいよ。入ろっか」
「あ、いや……」
 何も言わずただ看板を眺めていただけなのに、アマデウスは要求を呑んだとばかりに店の扉に手をかける。なんだか恥ずかしくなって固辞しようとしたが、振り返り様に言われた台詞にあえなく失敗してしまった。
「だって君、めちゃくちゃ物欲しそうな顔してたぜ」
 笑いながら言われてしまえば、立つ瀬がないではないか。
 私は諦めて、店内へ進むアマデウスの背を追った。

 久方振りに食したドルチェは、これまで食べた中でも特に格別だった。
 強烈な厚みを裏切るかのように、ふわふわと軽やかな触感。それは一切れ頬張る毎に淡雪のように溶けてゆく。
 ケーキそのものの甘さが控えめにされていたため、たっぷりとかけられていたシロップのアクセントが絶妙なバランスを生み出している。
 最初は普通に頼んでいたのに、追加注文する頃になれば、可能な限りのフレーバーを駆使してオリジナルパンケーキを作り始めていた。
 至福――まさに至福の時だ。
 向かいに座るアマデウスは何とも言えない複雑な顔をしていたが、この際なので気にしないことにする。
 彼自身も解っているのだろう。いかにも理解しがたいと言わんばかりの表情の中に、滲み出る確かな慈愛を、私は感じ取っていたのだから。
 そうして思わぬ寄り道を終えた私たちは、次の目的地へのルートを確認する。
 しかしその前にアマデウスは時間を確認し、プラン変更を伝えてきた。
「医者の所へはまだ時間があるから、先に服を見に行こう」
 もちろん、私は頷いた。

 アマデウスが案内してくれた洋服店は、アポを取った病院から程近いところに位置しているのだという。建物の隙間を走る細長い路地を進むと、その店は小さく、ひっそりと構えていた。
 マタニティーウェア専門店なのだそうだ。
 しかしそれが本当なら、扱っている商品は全て女性向けのものになるはず。
 ならば私は場違いなのではないか。
 そう思ったのだが、アマデウス曰くこの店は〝男性専門のマタニティーウェアの店〟なのだそうだ。
 確かに数が少ないとはいえ、臓器移植を行えば男性も妊娠可能だ。しかし未だ妊婦の方が、圧倒的に数が多い。そのため男性用はこうして人目に付かない場所で店舗を構えていることが多いのだという。
 彼は、わざわざ探してくれたのだ。私なぞのために。
 私なんかのために。
 入らぬ理由などない。ふたりで手を取り、意気揚々と入店した。
 店内はごく普通の紳士服専門店と変わりなかった。
 薄暗く抑えられた照明と木目張りの内装で落ち着いた雰囲気になっている。
 並んでいる服を幾つか手に取り、物色する。
 これまで着ていたワンピースタイプのものもそれなりにあったが、圧倒的に多かったのはカジュアルフォーマルな襟付きの服やスーツタイプの服だった。ベストだってある。
流石男性専門というだけのことはある。思わず感心してしまった。
「せっかく僕がジャケット着てるんだし、お揃いにしようよ」
 不意に背後から声をかけられ、弾かれたように振り返る。覚えのある声だったので誰だったのかは言うまでもない。彼はシックなストライプジャケットを手に立っていた。
「いや、しかし……きちんと入るだろうか」
 妊娠していると骨格が変わるという話はよく聞く。
 私自身、この長い妊娠期間のせいで体型が変わってしまった自覚があるのだ。重い腹を抱えたことで骨盤は広がっているだろう。脚も、妊娠前と比べてむくみやすくなってしまっている。
 そして何より――これは私自身も驚いたことなのだが、胸が張る感覚がするのだ。
 これまでずっと、平らで掴めもしなかった胸が、弾力を持っている。女性が妊娠すると乳腺が発達し、乳房が張るということは知っていた。だがまさか男にもその症状がみられるとは思いもしなかったのだ。
 自分の体型の変化を思い出し、急に恥ずかしさを覚える。何も言わず黙りこくる私に何を思ったのか、にやりと悪戯を思いついたような表情を浮かべ、私の背を押した。
 あたふたと状況を飲み込めないでいると、目の前に現れたのはボックス型の簡易な試着室だった。
「まずはコレ着てみて。他にも候補があるから取ってくるよ。あ、サリエリはそこから動くなよ」
 そう言うや否や私をボックスの中へ押し込み、アマデウスはそそくさと離れて行ってしまった。
 ああでもないこうでもないと試着を繰り返し、最後に持ってきたのはこれまでとは志向の違うカジュアルなコーディネートだった。
 赤いタートルネックにストライプのジャケット。スラックスはジャケット同じデザインになっていた。
 促されるまま試着し、何度目かのお披露目をする。
「どうだろうか……」
 ジャケットは普通のスーツと同じタイプのボタンになっていたが、私の腹が大きくて留められなかった。だらしないが、前開きの状態でアマデウスに見せなければならない。
「……これだ」
「……?」
 アマデウスの目に強い光が差した。物凄い勢いで詰め寄り、私の手を取る。
「すっごく、似合ってるよ!」
 まるで長年焦がれ続けていた友人との再会を祝すかのように、熱烈な握手をしては何度も「似合ってる」と言った。
「凄いよ! 僕の見立て通りだ! やっぱり君は最高だよ!!」
 そんなに似合っているのだろうか。余りにも大げさな彼の反応に若干狼狽える。キラキラと星を散りばめたかのような表情で喜んでいる姿に、ただただ圧倒されて、彼の言葉に応えられない。
「そんなに……似合っているのか……?」
 そう問うのが精いっぱいだった。
「ああ、バッチリさ! どう? 気に入った?」
 まるで褒美をせがむ子どものよう。
 私は、試着室の奥の壁に貼り付けられた姿見を眺める。
 そこには、丸々と膨れた腹を抱える痩躯の男。
 そして傍らには、妊夫のパートナーが満足げな表情を浮かべて寄り添っていた。
 色味やデザインは明と暗で対照的だが、なるほど、自分のことながら確かにお似合いではある。
 性的倒錯者の面影などどこにもない。
 そこには、一組の幸せそうなカップルが映っていた。
「ありがとう。とても、気に入ったよ……」
 ようやく、彼の隣に立てた気がした。
「ありがとう……アマデウス」
 私は、誰に聞かせるでもない程の小ささで、もう一度謝辞を口にした。

 会計を済ませると、これまでのやり取りを聞いていたらしい店長の計らいで、このまま着て帰ることにした。
 店を出る。これまでも十分楽しかったが、ここを出ると景色がワントーン明るくなったような気がした。目に映るもの全てが鮮やかで、とても心地がいい。
隣では、何故か安心した面持ちで私を見つめている。
風が躍り始めた。私たちの髪を揺らし、そして攫って行こうとする。
お互いに自身の耳許へ手が伸びた。波打つ髪を押さえつけ、視界を確保しようとする。
私はくるりと身体を捻り、アマデウスに向かって今日の礼を口にしようとする。
――その時だった。
「アントニオ・サリエリか」
「……ッ!?」
 ざあ、という音と共に、不穏な声が私の名を呼ぶ。
 それはアマデウスではなかった。
「……っサリエリ!」
 音源を探そうとする私の腕を、アマデウスの手が強引に引っ張る。
 走った。
 何が起きたのか全く解らない。
 否、本当は心のどこかでこの時が来るのを予感していたのではないか。
 それすらも解らない。
 走る。
 眼前のアマデウスに引かれるまま、私はひたすら付いて行く。
 路地の人影が数を増す。
 その影は真っすぐ私たちの進行方向と同じ道を辿っていた。
 徐々に影が色を伴ってゆく。
 白衣にも似たその制服は、脱走して久しい、研究所の職員を示すものだった。
「くそっ、あいつら! 僕らのあとをつけてやがったんだ!」
 アマデウスの悪態が風と共に消える。
 見つかってしまった以上、このまま無事に逃げ切れるとは思えなかった。
 速度に付いていけなくなってゆく、私の体力。
 息も絶え絶えで、思わず立ち止まった瞬間――
パシャ、と音がするのを聞いた。
そして、下腹部からじわじわと湧き上がる痛み。
ああ――どうしてこんなときに。
「う……ぐ……」
「サリエリ!?」
 膝に力が入らない。
 徐々に沈んでゆく身体。
 きつく腹を抱き、座り込んだその場所には大量の水溜りがあった。
 せっかく、彼に新調してもらった服なのに。
「破水か……」
 この声は誰のものだろう。
 周囲のざわめきが五月蠅くて堪らない。
 痛い。
 立ち止まった衝撃で離れてしまったアマデウスは、今どこにいるのだろう。
 顔を上げたいが、主張が激しくなってゆく痛みのせいでままならない。
「ア、マ……でう……す」
 どこだ。
「早く彼を回収しろ。破水に加えて陣痛も始まった。このままでは母子共に死ぬぞ」
「サリエリ! サリエリぃ!!」
 声は聞こえるのに、場所が突き止められない。
 怒号と衝撃が嵐のように響き渡る。
 前方から大きな影が伸びてきた。
「くそっ! 離せ! 僕を捕らえたってサリエリは助からないぞ!」
 影は大きく膨張し、私の視界を暗く染める。
 痛い。
 いよいよ上体すら支えていられなくなり、ぐらりと左に傾く。
 ――ドサッ。
 その音は私の前方でやけにこだました。
 私は思わず左手を床に付き、倒れるのを寸でのところで踏み止まる。
 痛みは静まっていた。
 視線を上げる。
 そこには沢山の人の足が映っていた。
 まるで私に見せつけるかのように、〝それ〟の後方を取り囲んでいる。
 それはうつ伏せに横たわっていた。
指通りのいい艶やかな金糸が、私のすぐ目の前で散り広がっている。
 私に向かって伸ばされた腕。
 その袖口は、パステルカラーだった。
 腕の根元に向かって、視線を辿る。
「アマ……デウス……?」
 そこには鈍く光るナイフを背に受けた彼が、赤い滴を染み広げながら力なく倒れていた。
「アマデウスッ!!」
 重怠い身体を叱咤してすり寄る。
 ビチャビチャという音が煩わしい。
 こんなに近くにいるのに、一向に辿り着けない。
 這いずって、這いずって。
 地面の摩擦と腹の重みに邪魔されながら、ひたすら、這いずる。
「……ッ!?」
 不意に、私の腕を後方へ引っ張る衝撃が襲う。
 振り返ると、研究員のひとりが私の動きを封じようとしていた。
「放せッ!」
「その状態であまり動き回られても困る。大人しくしていろ」
 知るか、そんなこと。
 振り解こうともがく。
 しかし、破水と陣痛で落ちた私の体力では、思うようにいかない。
 アマデウス。
 アマデウス。
 何度も叫ぶ。
 一緒に逃げてくれると言ったではないか。
 生まれた子どもと暮らす夢はどうした。
 夢物語のように語り合った人生計画をありったけ訴えても、返事はこない。
 視界がかすみ始める。
 少しも反応を見せない彼の姿に、脳裏を過ったのは実に最悪な結末だった。
 腹の痛みがぶり返してきた。
「あ、ま、で、う……っ」
 身体が強張ってゆく。
 項垂れると、地面が黒く染まっていた。
 雨が、降りだした。
「……え……」
 乾いた音が耳に飛び込んでくる。
 それは雨音に遮られ響きはしなかったが、私の耳はやけに大きく拾った。
 次いでバシャバシャという音が、雨音をかき消す。僅かに顔を上げると制服姿の連中が軒並み倒れ伏していた。
 急速に地面を染める赤と鼻孔を刺激する鉄錆臭。
 その中心に立っていたのは――
「ばかだなぁ。君を置いて僕がくたばる訳がないじゃないか……」
 アマデウスだった。
「おまえ……怪我は……」
「そんなことより、早くここから離れよう。病院はもうすぐだから」
 怪我の心配は後回しだとでも言わんばかりに、半ば強引に私を立たせ、この場を後にする。水溜りを踏む音が気になったが、構っている暇などなかった。
 私は、ちらりと振り返り、動かなくなった研究員たちを見遣る。
 特に理由はないが、どうしてか気になってしまった。