僕は文鳥を飼っている。
と言うと、大体の人は「私生活がクズのお前に鳥を飼うだなんて、飼われた鳥がかわいそうだ」と言ってくるだろう。
もちろん世話については全く心配いらない。何故ならこの文鳥は僕の世話をしてくれるからね。掃除、洗濯から料理まで。更に食べっ放し、出しっ放しで転がってるものたちを少々の文句を零しながら処理してくれる。正に夢のような文鳥だ。
え? それじゃあ人間と同じじゃないかって?
いいや、文鳥さ。
彼は人間の姿をしているけれど、間違いなく文鳥なのさ。
では今度は僕がする彼の世話について話をしよう。
彼はとても綺麗な声で啼く。僕の音楽が大好きだからね。暇つぶしに弾く即興曲を聴くと上機嫌でセッションを始めるのさ。その時はもう最高! 気分が乗ってピアノを転がすと彼はそれに食らい付こうと一層高らかに歌い上げるんだ。今までそんな気分を味わったことなんて一度もなかったから、彼のお陰で今の僕はとっても音楽が楽しい。
じゃあ今までは楽しくなかったのかって?
確かに僕はこと音楽に至っては誰にも負けない天才だと自負してるし、僕の存在価値でもある。音楽狂いだと言われてもおかしくない位、音楽が大好きだという自覚もある。だって僕から音楽を取ったらそれこそただのクズになってしまうからね。だから音楽に関してはそれなりに努力は重ねてきたつもり。
でも〝好き〟と〝楽しい〟はイコールにならない。だから今までは心の底から楽しめたことって殆どなかったんだよね。皆無と言ってもいい。
まあそれはさておき、つまり僕の世話は、彼に大好きな〝僕の音楽〟を聴かせてやることがまずひとつ。
もうひとつが――と言うかそのもうひとつがこの文鳥の世話で一番大変なことかな。
今からその〝もうひとつのお世話〟について話をしてあげよう。
当たり前だけど彼はもう大人だ。時期がくれば子孫を残すために発情期が訪れる。オスとメスが番になって卵を産むんだ。
でも彼はれっきとしたオスでありながら不完全にもメスとしての機能を有していたんだ。つまり、彼はオスなんだけど卵を産むことができるのさ。
これには僕も驚いたね。発情の時期は何となく知ってたけど、まさか彼が産卵するだなんて思いもしないじゃないか。
初めて知ったのは深夜に帰宅した時だったかな。やたら大きな物音がするな~と思ったら、今度は酷い絶叫が聞こえてさ。最初は強盗か何かに入られたのかと思って慌てて声のした部屋へ行くと――なんと、サリエリが腹を膨らませて倒れてたんだ。
あ、そうそう。僕の飼ってる文鳥さ、〝サリエリ〟って言うんだよ。
で、思わず駆け寄って介抱しようとしたんだけど、彼ったら嫌がって離れようとするもんだから僕、頭に来ちゃってさ「僕に触られるのがそんなに嫌だったんだな」って言っちゃったんだ。
そしたら彼、首振ってボロボロ泣きながら「ちがう」って言うんだよ。
どうしてだと思う?
そう、文鳥って番とか飼い主とかの声を聞くと発情して卵を産んじゃうんだよ。で、彼はそのとき発情していて、既に腹の中にある卵を、僕の声を聞いて更に育てちゃったってわけ。
ようやく思い出した僕は慌てて部屋を離れたんだけど、だいぶ大きかったからなぁ。なんか卵詰まらせちゃったみたいでさ、油か何か持ってくるよう頼まれたんだよね。その時はとりあえず近くにあったオリーブオイルを渡しといたけど。あとはクッションとタオル数枚と――ああ、喉乾くからって水も持ってったね。
で、あとはひたすら部屋の外で静かに待ってたら、一時間もすれば終わったかな。疲れてぐったりしてる彼の身体を拭いて寝かせてやって、産んだ卵を処理してやるのさ。
どう処理するのかは――まぁ、食べれそうな感じではないから普通に割って生ごみに捨ててるけど。あれって食べられるの? まぁ知らないだろうね。うん、僕もよく知らない。
――とまぁ、これが僕のする〝もうひとつのお世話〟さ。
聞いてて何となく察しがつくだろう? そう。コッチの方のお世話は、本当なら僕がやってはダメなんだ。彼に必要以上の負担をかけてしまうからね。
でも他にやれる人もいなかったから今まで何とかやってたんだけど、そろそろ彼も辛いみたいでさ。期間中の産卵はひと月に一回程度なんだけど、毎回詰まる寸前まで卵を抱えて産み落とすんだ。他の文鳥たちよりもはるかに負担が大きいんだよね。しかも今日は彼、産卵日だし。
ん? なんでそんな話を君にするのかって?
ふふ。じゃあ本題に移ろうか。
他でもない〝サリエリの友人〟であるキミに、お願いがあるんだよ。