またサリエリを殴った。倒れ込む長い痩身がやけにスローモーションに見える。急速に暴走する思考は、まるでブレーキが壊れた自動車の様だ。馬乗りになって振らせ続ける暴力と暴言の嵐。しかし徐に振り返った恋人の顔を見た瞬間、ピタリと止んだ。真っ白な顔。その左頬に浮かび上がる青黒い痣。
口の端から伸びる赤い線。
ああ、またやってしまった。
頭から液体窒素を被ったかの様に冷えていく思考。サリエリの瞳がまた怖気で焦点を失っている。僕は堪らず抱き締めた。
「ごめん……ごめんよ……ぼく、また……」
冷えた脳がじわりと温かくなる。サリエリの手だった。
彼は下敷きになりながら、するすると柔らかな手つきで僕の頭を撫でていた。「これでお前の気が済むならそれでいい」と、何度も繰り返している。罪悪感が鉛の様に僕の背中を押しつぶそうとする。そんな訳がないと解っているから。
気なんか済むはずがない。やり場のない激情を受け止めてくれる人も場所もない中、彼だけが受け止めてくれる。その甘い救済に、僕はただ享受しているだけだ。
サリエリの身体にはいくつもの痣ができている。どれもこれも、僕が手を上げたからできたものだ。一刻も早く終わりにしないと彼が壊れてしまうと解っていても、止められない。この心地好い泥沼から抜け出せない。
何故ならこの痣たちは僕の心の叫びであり、僕の激情を受け止めてくれた彼による愛の証なのだから。
ああ、愚かな僕を受け止めてくれた唯一の人――