アニメ終了後、吹雪が初夜チャレンジする話。
亮はナチュラルに非処女です。あとよく喘ぐ。
全寮制の学校という閉塞された空間で、人目を忍んで愛を育むのは難しい。
在学中、アイドル的に有名であった僕と亮は、特に気を付けなければならなかった。壁に耳あり障子に目ありじゃないけれど、行く先々ではファンが待ち受けているため、どこで誰が見ているのか気が気じゃない。
ファンサービスをしない亮は、じっと耐えてその場をやり過ごそうとする。その後の疲れた顔がただただ申し訳なくて、満足にデートできない日々を送っていたのだ。
数年を耐え忍んでようやく一緒になれると思ったら、今度は亮の病を理由に外出を制限された。二人きりの時間は増えたけれど、できることが少なくてフラストレーションが溜まっていく。僕は申し訳なさそうな顔をする亮に笑いかけるので精一杯だった。
そんな障害だらけの恋路を進展させたのは卒業してからのこと。鳥籠のような学園から巣立ってすぐに起こした。
まずは翔くんに断りを入れて、その後で本人に声をかける。亮は翡翠色の目を丸くして「また急な話だな」と驚きつつも、すぐに了承してくれた。ひとまず別れて、僕たち卒業生は打ち上げと称してファミレスで食事を摂ることにした。
亮をホテルまで送って行っていた翔くんが遅れて合流すると、僕は彼からメモを受け取った。整然と美しい文字で書かれていたのは、恋人の滞在先を示す名称と住所。部屋番号はなかったから、フロントで尋ねなきゃならない。弟を伝書鳩扱いさせてしまったことに申し訳なくなり、僕はお礼と共に謝辞も添えた。彼も亮と同じで優しいから、笑顔で「気にしないでくださいっス」と云ってくれたけれど。
それから学園を出ても賑やかな年下の同輩たちを眺めながら、僕は待ち合わせの時間を今か今かと待った。
駄弁り通して三時間、ようやく僕たちはファミレスを後にした。慣れ親しんだ本来の住み処へ、思い思いの方角へと踵を返して歩いて行く。赤らんだ空が徐々に群青へと染まる様子を見上げながら、僕も明日香や翔くんと別れて目的の場所へと向かう。
ホテルへ着く頃には夕焼けはすっかり夜に変わっていた。天高くビルが犇めくビジネス街の中心の、ひときわ巨大な建物。ここが、メモに指示された秘密の待ち合わせ場所だ。
フロントに待機するホテルマンへ恋人の名前を告げれば、笑顔で「お待ちしていました」と云ってカードキーを手渡され、部屋番号を教えてくれた。説明を受けた道順通りにエレベーターの階層を押し、廊下を進む。まるで秘密の逢瀬をしているかのような心地になり、歩を進めるほどに胸が高鳴っていく。
そして目的の部屋の前へ。ドアノブの側に取り付くリーダーへ握り締めていたカードを翳せば、カチンという音と共に解錠される。
「亮!」
「吹雪」
駆け込むようにして中に入れば、窓の景色を眺めていた恋人が振り向いた。切れ長の瞳を綻ばせて、一歩前に出る。
腕を伸ばし、恋人の首に回す。彼の温度を感じたくて抱きしめれば、控え目ながら亮も手を伸ばして背中に触れてくれた。大きな掌、太い骨の感触。記憶よりも肉を感じない気がするのは、きっと病によるものだ。嬉しいような哀しいような、気を抜くとすぐ無理をする性分なのは、今も変わらないらしい。
顔を寄せ合えば、唇が重なった。歯列をなぞり、舌を絡めて互いの体温を求め合う。粘膜の熱さに逆上せてしまったのか、徐々に思考が鈍くなっていく。背筋を駆けていく甘い感覚が欲しくて、僕はより深く亮を求めて舌を伸ばした。
「……ッ、まて」
「ぁ……っ……」
けれど胸を押されて離れてしまう。
「まだ準備が……少し待ってろ」
一瞬だけ、この日を楽しみにしていたのは僕だけかとショックを受けたが、亮の二の句を聞いて合点がいった。
「あぁ、そうだったね。ごめんよ」
抱擁を解くと、亮は僕の横をすり抜けて行こうとした。けれどすぐに足を止める。
「ルームサービスは自由に使ってくれて構わない。メニューはそこだ」
そう云い残して、亮はシャワールームへと入って行ってしまった。
ひとり部屋に取り残されて、僕はその場に立ち尽くす。云いようのない違和感だけが隣に寄り添ってくれたけれど、モヤモヤとする気持ちの正体を教えてはくれなかった。
亮の云わんとすることは当然理解できる。男性同士の性交で、特に受け入れる側の人に入念な下準備が必要だというのは、調べればすぐにわかることだった。だから彼のペースに合わせなければならないし、そんな細かなことでいちいち文句を云っていたら、折角の交際に亀裂が入ってしまう。
「……なんだ、何も頼まなかったのか」
不意に声がして、思考の海に沈んでいた僕はハッと息を呑んで浮上する。顔を上げればバスローブ姿の亮がシャワールームの前に立っていた。頭に被ったタオルを押さえながら近づき、お前も入れと云わんばかりに肩を叩かれる。
正直面倒だけれど、折角の初夜を汚いままというのは恰好がつかない。僕は大人しく亮に従うことにした。
いつもより入念に身体を洗い、けれど急いで部屋を出で、僕に背を向けてベッドに腰掛ける恋人へ飛びつく。こんな不意打ちにも声を上げない亮は、少し素っ気ないけれど恰好いい。背後から顔を覗き込んで視線を絡めれば、彼は眦を綻ばせて頬にキスをくれた。
互いの身体をまさぐり合いながら、ベッドに倒れ込む。重力と摩擦によってはだけていくバスローブ。それがシーツに落ちる頃には、僕と亮の思考は熱欲に支配されていた。
肌のすべらかさ、さらさらと細やかに引っかかる感触が愛おしい。肌理の凹凸に触れたくて舌を這わせば、彼はむずかるように身を捩って息を吐く。しっとりと熱っぽくて、匂い立つような色香があった。
粟立つような触れ合いの次は彼の下肢に触れた。緩く勃ち上がるそれを包んで扱けば、まるで電流に打たれたかのように内腿が震える。控え目ながらも、掠れて上擦る声が確かに感じていることを教えてくれた。
触れれば触れただけ反応を見せてくれる亮。もっと淡泊だったり無反応だったりするのかと思って不安だったのが、瞬く間にほどけていく。純粋な歓喜が込み上げてきて、いよいよ亮と繋がるという頃にはすっかり自信がついていた。
そろそろ頃合いだろう。僕は少しもたつきながらゴムを装着し、たっぷりとローションを塗って恋人と対峙する。
「はぁ……ぁぁ、ぅ……」
痛いほどに張りつめた自身の先端を、ぽってりとひくつく彼の胎へ。しっかりと位置を合わせてからゆっくりと挿入していく。
この瞬間こそ痛みを誘発しやすいから細心の注意を払えと書いてあったインターネットの記事を思い出し、緊張が走った。はくはくと口を開閉させて呼吸を整えようとする亮の顔を注視し、痛みを感じていないかチェックする。何となく大丈夫な気がして、たっぷりと時間をかけて根元を収め切っても、亮が痛みを訴えることはなかった。
少し待ち一言断りを入れてから、僕は腰を動かしはじめる。
「あぁっふぶき……い、んぁぁ」
「……く、ッ」
くちゅ――と音がした。僅かに腰を引いただけの些細な動きに、彼の中は過敏に反応して僕を締め付ける。絞り取らんばかりの肉のうねり、その圧迫による刺激が絶妙だ。
しつこいくらいの前戯が、互いの性感を高めてくれていた。前立腺がカリ首に引っかかっただけでも激しく蠢き、亮の声が甘く蕩けていく。鼻にかかったようなそれは、聞き違いようもなく男だとわかるのに、まるで女性を相手にしているかのように錯覚してしまう。
「ッ、あっ、そこ……っば、かり……ぅんんっ!」
「……りょうは、奥が……すき、なんだね……」
身を捩って逃げようとする身体を押さえて腰を揺らす。すると亮の内腿が引き攣ったかと思えば、今までにない力で中が締まった。思わず息を詰めて我慢しようとするけれど、その努力も虚しく果ててしまった。コンマ一ミリの壁を突破できなかった精子が、先端に生温い液だまりを作る。どろりとした感触が少し気持ちわるい。
「ッ、ッ……ぁ……ぁァ……」
亮は喉を晒す恰好のまま、断続的に身体を震わせていた。まるで陸に揚げられてもうすぐ死ぬ魚のよう。痙攣と連動して蠢く亮の胎。前はカウパーを垂らしたままだから、たぶん空イキしたのだ。
濡れた瞳を天井に投げ出して眦をひくつかせている。快感の波が止まらないらしく、ときどき恍惚とするように眉を寄せては息を吐く。僕はずっとシーツを握り締めていた彼の手を掴んで引き寄せ、首に回すよう促す。
縋るような力で掻き抱かれる。その必死な仕草が愛おしい。急速に濃くなっていく亮の匂いに、僕の鼻腔が満たされていく。
「……ッふぶき……もっと……」
そして耳介には恋人の細く掠れた声が侵入してきた。僕の全身が亮で満たされていき、下半身は急速に力を取り戻す。
「わかってるよ……」
この瞬間、僕と亮は心でも深い繋がりを得たと確信する。
ゆっくりと、バージンロードを歩くような速度で進み、最奥にある甘美を目指す。根元は既に収まっていたから、限界を超えて腰を押し付けなければならなかった。ここで乱暴になってしまったら今までの努力が水の泡だ。インターネットという大海の向こうから性技を教えてくれた名も無きブロガーの面子を潰さないためにも、僕は細心の注意を払う必要があった。
そして彼に伝えなくてはならないのだ。君のお陰で、無事に大切な恋人との初夜を終えることができたのだと。
「あっ! んぅ……ふ、かィ……ッあぁァ!」
僅かに腰を引き、助走をつけて一気に押し込む。ばちゅん、と熟れた果実が弾けるような音と共に、全身を激しい痺れが駆け抜ける。身震いして吐精したくなる衝動を抑えつつその動きを繰り返していくと、彼の反応がより顕著になった。
ぐずぐずに蕩けた身体で僕に縋り付き、びくんびくんと身悶えながら必死に首を振っている。声はとっくにひっくり返っていて、甘さを含ませつつも、どこか悲鳴じみて聞こえた。
「ふぶき、ッふぶ……ぅ、ヤ、あァァ……」
亮は繰り返し僕を呼ぶ。
「ンあぁぁ、や、も、ぃやだ……! ふぶき……ぃ、んんぅ……」
それが、だんだんと涙声のように変わっていき、僕は違和感を覚えた。
「気持ちよくないの?」
亮はかぶりを振る。
「ちが……っ、も、っと……つよく、ッぅアァ」
「そんな……君を傷つけてしまう」
「いい、ッ……それで……ン、いいから……たのむ……ふぶき……」
よりぴったりと密着していく互いの肌。僕より低いはずの亮の体温は、今や熱に浮かされたかのようにあつくて火傷しそうだ。彼の先端から溢れ出るカウパーが、揺れる腰のリズムに合わせて僕の腹に塗りたくられていく。
自ら性感を追いかける恋人の姿は、間違いなく淫靡だ。彼を抱く僕としては興奮を煽られて然るべきなのに――腹の底から噴出するのは別の感情だった。
「んぁぁっ、まっ、や、ちがッ……イ、あぁぁあアぁァァ!」
僕は彼の望みを叶えなかった。
緩慢なストロークで律動を続ける。すると、堪らずといわんばかりの嬌声を上げて僕を締め付けるのだ。この感覚は先ほどから何度も味わっていて、その蠕動こそが、亮の嫌がる類いの絶頂だと僕は理解した。
「あっ、また、イッ……ッッ! 、は、ぁぁァァ……や、」
経験数はあるけれど、亮は本当のセックスというものを知らないのだろう。今までは痛みで誤魔化していたものが、感覚が洗練されてホンモノに触れてしまったのだ。
「ちがうっ、ふぶき、そうじゃ、ッん、そうじゃない! もっと、つよく……お、くに……」
「ッ、きみは知らないだろうから……僕が、教えてあげるよ……本当のセックスってやつを……」
「馬鹿なッ、こ、んなもの、が、ァァ、セ、ックス、なはずが……アッ、またァッ……くぅッ!」
びくん。亮の腰が跳ねた。終わらない空イキの連続、食い縛った口の端から飲み込みきれなかった唾液がたらりと垂れる。そうやって力んだらまたイくだろうに、パニックに陥った思考はいつもの冷静さを失っていた。
「うぁッ、はぁぁん、もぅ、だめだ、ああァ、ッも、ぉ、かし、……ぃンンぅ!」
「……ッ!? いたっ」
いよいよ背中に爪を立てられた。ピリッと走る感覚に息を呑んだけれど、そんな程度の痛みで止まる僕ではない。イきっぱなしで壊れてしまった身体に翻弄されて泣きじゃくる亮を更に追い詰めるため、疲労で重たい腰を叱咤して律動を続ける。
あんなにも愛おしくて堪らなかった恋人の媚態は、今や怒りを煽る燃料でしかなかった。自覚がなさそうなところが気に入らない。そしてさも当然のように彼を抱く雰囲気に流されてしまった僕自身にも、無性に腹が立った。
そのことに気付いた瞬間、僕は同時に、亮の恋人であることに不安も覚えてしまったのだ。
「……ッねえ、亮……僕は本当に、君の、恋人を名乗っても、いいのかな……?」
「ふぶき、ふぶきぃ、もうッむりだ、むり……イ、ァ……か、はァッ」
半分しか聞かせる気のなかった問いかけは、彼の耳朶を滑り落ちていく。
結局、亮は最後まで痛みのないセックスを拒み続け――そのまま意識を手放してしまった。