物心つくころには既に母親の姿はありませんでした。
サッリは、働きバチのミツバチです。しかし一度も働いたことがありません。母親である女王バチの顔を知らないからです。本能で花の蜜を汲んできては、育ての親まで運ぶ。サッリはそれを何度も繰り返しては、いつも寂しさで泣いていました。
ある日、育ての親のリツカは言います。
「君のお母さんは生きている。この前、よく似た働きバチが花の蜜を汲んでるところを見たんだ」
サッリは驚きました。きょうだいが元気に働いているということは、家の主である女王バチが生きているということです。サッリはいても立ってもいられず、旅支度を始めました。
「われのわがままを、どうかゆるしてほしい」
ぶじ母親が見つかったあかつきには、報告しに必ず戻ると伝えてサッリは謝ります。
リツカは笑顔で送り出しました。家族がみつかるように。そして、安全な旅となりますように、と。
サッリの母親さがしの旅が始まりました。
サッリはミツバチの中でも珍しい姿をしていました。他のハチたちと同じ黄色と黒の身体をしていますが、体毛は銀色で、瞳の色はバラの花のように真っ赤です。そんな特徴的な姿は他のきょうだいたちも同じだったようで、サッリは、きっと母親も同じ姿をしているに違いないと期待に胸を膨らませました。サッリは自分の姿をたいそう気に入っていました。
出かけてからしばらくのことです。これまで長時間飛び続けるという経験が皆無だったサッリは、すぐに疲れてしまいました。手近な花を見つけて休憩しなければなりません。
しかし辺りを見回すと、悲しくなるほどに何もありません。サッリは疲労で息が上がりながら大慌てで辺りを飛び回りました。青々とした草原ばかりが広がっています。
「このままではたびがつづけられなくなってしまう……」
サッリは焦ります。意気込んで養父の許を離れても、これでは約束が果たせません。
高度が少しずつ落ちていきます。羽の付け根が疲労による痛みで悲鳴を上げています。懸命に羽ばたこうとしますが、身体はちっとも浮き上がりません。
そのときでした。
「おや? こんなところにミツバチがいるじゃないか」
知らないひとの声です。サッリの肩が飛び上がりました。「ああ怖がらないでおくれよ。ボクは別に君を取って食いやしないから」
声のした方へ視線を向けると、そこには大きな馬が立っていました。金色のたてがみが美しい白馬でした。
「やあ、ボクはアムドゥシアス。こんな花すらない場所でどうしたんだい?」
「われはいま、ははをさがしてたびをしている」
「君のお母さんを?」
「そうだ」
「ふーん……」
アムドゥシアスは少しだけ視線を上げて考えます。そして改めて目を合わせると、ひと当たりのいい笑顔を向けて言いました。
「じゃあ、その〝お母さん〟のところへ連れて行ってあげるよ!」
「ほんとうか!?」
これは一体どうしたことでしょう。サッリが改めて母親の居所を聞くと、間違いなく「知っている」と言うのです。「疑ってるのかい? 言っとくけど、ボクは生まれてこの方、嘘だけはついたことないんだぜ」
疑わしげに何度も聞き返されたことに腹を立てているのでしょう。アムドゥシアスは頬を膨らませてそっぽを向いてしまいました。
「す、すまない……! あまりにもきゅうてんかいすぎてつい……」
願ってもないチャンスがふいになりそうです。サッリは慌ててアムドゥシアスに飛び寄りました。
「ほんとうにすまなかった……。おわびといってはなんだが、ははがみつかったらきさまのねがいをきこう」
「なんでも?」
「われにできることであれば」
サッリの言葉に、アムドゥシアスの表情は一気に華やぎました。
「そこまで言うならしょうがないなぁ。ホラ、疲れてるんだろ? ボクの背中に乗りなよ」
「ああ、おんにきる!」
孤独だと思っていたこの旅路に、新たな仲間が加わりました。思わぬところから来た助け船のお陰で、サッリの心は晴れやかです。
こうして母親探しの旅は、意外にも早く終わりを見せました。
「さあ、着いたよ」
少し離れた場所から聞こえたアムドゥシアスの声に、サッリの意識は急速に浮上しました。いつの間にか眠っていたようです。
「ん……む……」
覚醒しきらない頭で、何とか重い目蓋を持ち上げようとします。最初に起き始めたのは耳でした。
「……?」
何だかとてもざわざわしています。蜜をかき混ぜたような音に混じって、甲高い泣き声のようなものが方々から聞こえてきます。次に目覚めたのは鼻でした。
甘い匂いがします。むせ返りそうなほどに濃厚で、大好物の花の蜜と同じくらいに好ましい香りです。嗅いだことのない香りでした。
「んぁ……あぁっ」
次に目覚めたのは身体の感覚でした。
「ああっあ、ぁう……ぅんん!」
身体がびくびくします。感じたことのない痺れが身体中に駆け巡り、サッリは思わず声を出してしまいました。ぐちゅぐちゅと、何かが身体の中をまさぐっています。それがしこりのような部分に触れると、びくびくするのが止まりません。
「あっあ、やっ……なに……?」
サッリはこの状況が全く理解できません。まるでハチたちのコロニーのような心地好い場所で、交尾しているときのような気持ちよさがひっきりなしに襲ってくるからです。休憩できる余地などありません。ここまで来れば、もはや快感の暴力でした。
そして最後になってようやく、視界が鮮明になっていきます。
「こ、これは……!?」
一面黄金色。間違いなくハチたちが住まうコロニーです。そこには自分によく似た姿のハチがたくさんいました。サッリが探していたきょうだいたちです。
しかし、待ちに待った家族との再会に、サッリが喜ぶことはありませんでした。
「あぁぁぁ……やぁ、もっと……もっとぉ……」
サッリの目の前には、そこかしこでどぎつい交尾を繰り返しているきょうだいたちの姿がありました。
黄金の蜜に濡れた身体を仰向けにして大きく両足を開いています。その間には、角を持った真っ黒いハチが覆い被さっており、忙しなく前後運動をしていました。
「ぁひ……あぁぅああぁぁぁ……」
ばちゅん、と黒いハチが腰を突き出すと、きょうだいたちは疲れ切ったような声で鳴きます。しかしその声音は甘やかで、とても気持ちよさそうでした。赤く上気した頬にはじんわりと汗が滲み、真っ赤な瞳は今にも蕩けてしまいそうです。
あるきょうだいは、あまりの気持ちよさに気絶していました。けれど黒いハチは容赦なく責め立てています。その度に、だらりと弛緩した身体はびくびくと跳ねました。
またあるきょうだいは、黒いハチによって何かを大量に注がれたようで、お腹が丸々と膨らんでいました。まるで産卵期の女王バチのようです。
「なぜ……こんなことが……」
そんな光景が至るところで起きていました。
余りにも惨い景色に、サッリは絶句します。
だれが。
だれが、こんな酷いことを仕掛けたのでしょう。
黒いハチなんて種類は、そもそも見たことすらありません。
「やあサッリ、おはよう。素敵な目覚めだね」
また遠くから声がします。サッリが慌てて振り返ると、コロニーの中を覗くアムドゥシアスの姿がありました。
「アムドゥシアス! われの……われのきょうだいたちが……ッ!」
サッリは一心不乱に助けを求めます。きっとこの得体の知れない黒いハチが、コロニーを滅茶苦茶にしているのだという確信があったからです。
「アムドゥシアス……どうか、どうかたすけて――!?」
しかし、言いかけてサッリはぎょっとしました。
アムドゥシアスの姿が黒いのです。さっきまで美しい白馬だったのに、日焼けしたにしては黒すぎます。何よりもサッリが驚いたのは、出会ったころにはなかったはずの角が生えていることでした。
これではもはや別の生き物です。
サッリはもう一度きょうだいたちを見遣ります。真っ黒いハチ。その額には、外の馬と同じ黒い角が生えていました。
「……ッ!」
「ああ何だ、もう気付いちゃったのかぁ」
絶望的な予感が確信に変わった瞬間でした。
「まさか生き残りがいただなんて思いもしなかったけど、調教済みの彼らにも飽きてきた頃だったから寧ろちょうどよかったよ。君ができることなら何でもお願い聞いてくれるって言ってたもんね。ありがとうサッリ。君が生き残ってくれたお陰で、また処女を散らす瞬間が楽しめるよ」
もう彼が何を言っているのかまるで解りません。しかし自分の身が危ないことは、本能が察知しています。
サッリにはもうひとつ気掛かりなことがありました。
「は……ははうえは……」
きょろきょろと辺りを見回しますが、乱交状態のきょうだいたちしかいません。よろよろと、なぜか重だるい身体を叱咤して奥へ進みます。
こんな惨状で、母親は無事なのでしょうか。
サッリは僅かな望みを胸に抱いて、ひたすら奥へ進み続けます。
ひときわ甘い香りが充満する部屋へ辿りつきました。ごくりと生唾を飲み込み、恐る恐る中へ入ります。
むわりとした熱気と甘み。白い液体のようなものが辺りに飛び散っています。ローヤルゼリーです。とろとろとゼリーで満たされたこの部屋の中心には――
「はは……う、え……?」
大きく膨れたお腹を必死に息んで卵を産み続ける、母親の姿がありました。
「ははうえッ!!」
産まれた卵はすぐにふ化し、黒いハチが出てきました。そして急速に成虫へと成長すると、そそくさと部屋を出て行きます。
サッリは堪らず駆け寄ります。
「さ……っり、なの……か……?」
抱き起こすと、女王バチはぐったりとしていました。
「ははうえ……いったいなにがあったのだ……」
「すまない……なにも知らなかったわたしが、わるかったのだ……このまま、では……こどもたちが――ッふ!」
言いかけて、女王バチの身体が仰け反ります。お腹はまだ大きく膨らんだまま。再び出産が始まるのです。
母親はきっと、何かのきっかけでアムドゥシアスと交尾してしまったせいで、こんな悲劇を呼んでしまったのでしょう。
サッリは後退って首を振ります。現実げ受け止めきれないでいるのです。
「ふ、ぅ……ぁぁぁぁあああああ!!」
女王バチの絶叫が響き渡りました。またひとつ、悪魔の卵が産まれたのです。殻が破け、現れた大きな黒いハチ。それはあろうことか、サッリ目掛けて襲い掛かってきました。
「いやだぁ! はなせぇ!」
サッリは必死に逃げます。しかし一回り大きな身体をしている黒いハチのスピードはすさまじく、すぐに捕まってしまいました。母親の目の前で押し倒され、大きく足を開かされます。
「いや、いやだ……ははうえ……ははうえぇ……!」
ぼろぼろと涙を零し、首を振ります。サッリが目にしているのは黒いハチの股間から伸びる大きな生殖器でした。女王バチですら受け入れるのが難しそうなほどに巨大なそれは、生殖器であるはすなのにもはや凶器です。
「君が眠っている間にしっかり慣らしておいたから、痛みは無いはずだよ」
アムドゥシアスの声です。身体が重かったのはどうやら彼の仕業のようです。
サッリは叫びました。
「アムドゥシアス! なぜこのようなむごいことをするのだ!」
「惨い? やだなぁ、ボクそんなことしてないじゃないか。さっきのきょうだいたちも見ただろ? めちゃくちゃ気持ちよさそうにヨがってたじゃないか」
「ちがう! あれはきさまがそのようにしむけたからだ!」
サッリは果敢に恐怖に打ち勝とうと立ち向かいます。しかし目の前の黒いハチの性器は、遂にお尻のすぐ傍まで来てしまいました。
しかしそこでハッとします。
ハチのお尻には毒針があります。そこに穴などはないはず――
「ひっ!? な、なんで……」
その針が、なぜかなくなっていました。
サッリの悲鳴がアムドゥシアスに届きます。すると、いま気が付いたのかとでも言いたげな声音でとんでもないことを言い出しました。
「もう外へ働きに出ることはないんだから、針なんで要らないでしょ?」
もう何が何だかわけが解りません。
あまりにも非現実的な宣告を受けたサッリは何も言えなくなってしまいました。ぴたり、と何もなくなってしまったお尻に、凶器が接触します。
「ぁ……あぁぁぁ……」
ずぷぷ、と音がしました。針のあったそこはみるみる穴を広げて凶器を飲み込んでいきます。アムドゥシアスの言った通り、痛みはありませんでした。
「いや……いや……ぁ」
ゆっくりと、けれど確実に、異物を受け入れてゆく身体。半分を過ぎるころにはふた周りほどに穴は大きくなっていきました。
「……いぎっ!」
そして、根元までずっぽりと咥え込むと、サッリはすさまじい圧迫感に息を詰まらせます。
黒いハチの動きが止まりました。けれどそれもつかの間。すぐに動を始めてしまいます。ゆっくりと腰を引くと中の異物がズルリと抜け出て行く感覚に、サッリの身体はびくりと跳ねます。
「あっあっ、や……それ、いや……んんっ」
むず痒い感覚がサッリを襲います。まるで焦らすような動き。きょうだいたちを交尾漬けにさせたのはこの感覚なのかもしれません。
「はぁ……んぅ……」
もじもじと身をくねらせながら、もどかしい快感を散らそうとします。けれど鼻から抜ける甘い声が押さえられず、自分の声で少しずつ発情していきました。
「んんぅ、あ……あぁ……や、ぁ」
「おやぁ? 意外にも早く気持ちよくなったねぇ。ほか子たちはもうちょっとマシだったのに」
「ちがぅ……わ、れは……きもち、よくなってなど……ッあぁっ」
「そんなにエッチな声だしちゃってさ。エロ漫画みたいに説得力ないぜ」
意味不明な例えを持ち出してアムドゥシアスは嗤います。事実、サッリの身体は既にもっと強い刺激が欲しくて震えていましたが、少しだけ残った理性がそれを押し留めていました。
このまま気が狂うまで生殺しにするのも一興ですが、久しぶりの処女貫通で興奮しているアムドゥシアスは待ちきれません。
すると黒いハチは緩やかな前後運動から、何かを探る動きに変えました。何が起こったか解らないサッリは、急に強くなった圧迫感に何度も息を詰まらせます。
「はっ、ああぁぁっ!」
不意に、異物が何かを掠めました。襲ってきた鋭い快感に、全身が驚いたように跳ね上がります。サッリの性感帯を見つけた黒いハチは、今度はそこを執拗に責め始めました。
「ああ! なん、だこれぇ……っ!」
最初に目覚めたときのような暴力的な気持ちよさが何度もサッリに襲いかかります。どちらが分泌したか判らないぬるぬるの液体が溢れ出し、お尻からはぐちゅぐちゅと卑猥な音が立ち始めました。
「あっあっあ、やっぁ、あぁぁ……!」
異物の動きが速くなってきます。同時にサッリの声が、きょうだいたちと同じように高く鳴くものへと変わっていきました。何かとても大きな波が来そうな予感。それは徐々に大きくなっていきます。
「やっあ、あぁぁ! ま、まって……なにか、なにかくる、ぅんんっ!」
段々と声も身体も制御が効かなくなっていきます。ガクガクと震える身体は特にお尻の収縮が激しくなります。何かを絞りだそうとするような動き。
「さあ、サッリ……もうすぐイくからしっかり受け止めてくれよ……!」
掠れて切羽詰まったアムドゥシアスの声がします。受け止めろと言うくらいなので、きっとサッリの中に何かを放出するのでしょう。これが本当の交尾ならオスバチの精子を受け止めることになるのですが、目の前の化け物はどうか判りません。
そもそもサッリは働きバチです。働きバチは生殖機能を持っていません。この無意味な行いが何になるというのでしょう。
「いや、まって……いや、い、あぁぁぁぁぁぁぁーー!!」
この瞬間、サッリの恐怖と絶望と快感は、最高潮に達しました。
「ぉごっ」
黒いハチから放たれた液体が、サッリの体内を満たしていきます。その量はすさまじく、サッリのお腹はみるみるうちに膨らんでいきます。
そして全て出し終える頃には、女王バチと同じかそれ以上のサイズにまで膨れ上がっていました。
「ぁ……ぁぁ……」
ようやく異物がお尻から抜けます。オスバチの精を受け止める器官がないサッリの身体からは、放たれた液体が全て溢れ出てしまいました。真っ白い、ローヤルゼリーのような液体です。お腹を膨らませながら盛大に絶頂したサッリは、お尻から漏れ出る感覚すら気持ちよくて震えました。
「ふふっ、おめでとうサッリ。これで君もようやくきょうだいたちの仲間入りだ」
虚ろに上向いたサッリの瞳には、もう何も映しません。この凄惨な地獄絵図を生み出した張本人は新しい玩具が加わったことでたいそう喜んでいます。
母親との再会を願って始めた旅が、よもやこんな結末になるなど誰が予想していたでしょう。
とんでもない驚異に襲われたサッリは、果たしてアムドゥシアスの手から家族を救い出すことができるのでしょうか?
つづかない!!