星空色の一角獣は眠る。
ゆらりと揺れる鬣は柔らかく、ふるりと震える睫毛は滑らかに。
二体の人形を両手で抱きしめて、獣はすやすやと眠り続ける。
天も地もない空間。
音も色もない空間。
文字通り何も存在しない空間に、彼らはいた。
互いの手を合わせ、頬に指を這わせ、顔を寄せ合う。
頬から後頭部へ、滑らせた指先は金と銀の髪を巻き込み、掻き抱く。
熱烈な口づけは貪るほどに夢中で、しかしそれでは足りないと肌を密着させる。絡め合う舌は空間を彩るように赤く、てらてらと光沢を持つ。幾筋もの銀糸が伸びては消えてゆき、やがて彼らの口元にも厚くコーティングされてゆく。
まるで何かに駆り立てられているかのように、それ以外の行為をしようとしない。
音が存在しない空間であるために無音のままだが、そうでなければさぞ淫靡な旋律が響いていた事だろう。
徐々に紅葉してゆく頬。呼吸は荒くなり、肩が上下を始める。
伏せられた目蓋からは涙が滲み、細い筋を描いた。
銀の頭が少しずつ沈む。それを支えようと金を纏わせた腕が彼の腰に回る。より身体が密着し、口づけはいっとう深くなった。
再び遠くなってゆく意識。
いつ終わるとも知れない、無為な行い。
どうしてこうなったのか、銀を戴くサリエリでは何もわからない。
突然意識が暗転したかと思えば目の前に現れた彼。その瞳には普段の悪戯っぽさはなく、まるで何かに怯えているかのように揺らめいていた。
不思議と殺意は起きなかった。
外装は纏っていないのに浮遊しているかのような居心地の悪さを覚えたが、意識しないよう努めて彼に近付く。
何を怯えている?
言葉は声にならなかったが、彼にはうまく伝わったらしい。同じく音としては拾えなかったが、彼は確かにこう言った。
ラッパの音が五月蠅い、と。
そして彼は半ば衝動的に目の前の自分に縋りつき、口づけを強請ったのだ。
最初は流される形で応じていたのが徐々に苛烈さを増し、今では酸欠に陥れんばかりに深く、激しい。鼻呼吸が追い付かず意識が朦朧としてくる。
舐めて、なぞって、絡めて、吸って。
そうして相手の全てを食らいつくそうと貪る彼の舌遣いに翻弄されてゆく。気付いたところでもう遅い。ましてや応戦など、経験がないのだからやりようがない。
ただ彼の気が済むまで身体の自由を奪われ、そして呼吸すら奪われるのだ。
私は目を閉じる。
考えるのはやめてしまおうと思った。
トランペットが奏でるけたたましい子守歌に耳を傾けながら獣は眠る。
二体の人形は相も変わらず無意味な求愛行為に耽り、夢に閉じ込められた事実から目を背けようとしているらしい。そんな事、したところで戻れる訳がないというのに。
どちらかが夢から覚めようとしなければ、終わりは来ないのだ。
獣は人形を一層きつく抱きしめ、寝返りをうつ。
戯れに手を伸ばしたらすぐそこに彼はいた。
最初は彼だけを招待するつもりだったのに、途中でもう一人もついてきてしまった。
目障りなアイツ。
いつも彼の傍にいるアイツ。
誰かに定義してもらわないと存在できないアイツ。
彼よりも弱くて脆いのに何故か彼よりも強い意志でそこに存在しているアイツ。
獣はその者が嫌いだった。
だから彼に見つからないよう何もない真っ暗な場所に閉じ込めたのに、あろうことかその彼が探し当ててしまったのだ。
道中に大嫌いなトランペットの音を沢山聴いたのだろう。アイツを見つける頃には爛漫とした愛しい表情が抜け落ちてしまっていた。
そして恐怖に負け、こうして二人で体温を貪り合っている。
獣である己よりも獣らしいそれは、未だ終わる気配を見せない。
全身に纏わり付いている恐怖心が薄れ、人形の意識が現実に引き戻されるのが先か。
滑稽なほどに稚拙な求愛行為に飽いた獣が、緩く閉ざした瞳を解き放つのが先か。
夢から覚めるのは果たしてどちらか。