いつもお世話になっている「鬼の居ぬ間に」の鬼霧さんへ、お誕生日祝いとしてリクエストしていただきました!
ナックルズとシャドウの同軸リバ的なお話ですが、若干シャドウ受けが強め。
じつは全くの門外漢なので、可能な限り知識を入れつつ鬼霧さんの「鬱蒼としたジャングル」というイメージを基に執筆しました。
鬼霧さんには強欲な壺とかメタモルポッドとかみたいな顔していただいたようなので、個人的に大成功ですね!
リクエストありがとうございました!!
繰り返す逢瀬と行為に意味を尋ねたことはない。けれどその衝動は回を重ねるごとに大きくなり、やがて彼を前にすると口を突いて出そうになった。
喉元まで込み上げ、そして呑み込む。何度かそれを繰り返していくうちに、腹の底――つまり下腹部の辺りに気怠げな重さを感じるようになった。
体重計に乗っても数値は変わらない。ミッションの遂行にも身体的な影響はない。ただどうも、パフォーマンスが落ちているような気がしてならない。
自覚の難しい些細な変化に、ルージュは誰よりも早く気がついた。ほんの僅かしかない待機時間に、怪訝そうな顔をして「シャドウ、あなた本当に大丈夫なの?」と心配するのだ。
このとき自分の異変に気付いていなかった僕は眉を顰めた。
「いったい何のことを言っている?」
「まさか自覚がないのかしら」
ルージュは目を見開く。僕の反応に驚いているようだった。ますます意味がわからない。何だか小馬鹿にされたような気がして、僅かに苛立ちを覚える。彼女の態度を問い詰めようと口を開きかけて――しかし、それを彼女は静かに制した。
「あなた今、とっても酷い顔をしてるわよ」
挑発的に飾り立てられた顔が、真剣そのものな眼差しを湛えて僕を見る。誰かを誘惑するための化粧のはずが、このときばかりは彼女の美貌をより鋭利なものにしていた。研ぎ澄まされた眼光が、僕の視線を縫い留めて離さない。
君の気のせいだ、とは言えなかった。
「気付いてないみたいだから教えてあげるわ。体調が悪いのか物凄く苛立ってるのか知らないけど、今にもカオスコントロールを使ってターゲットのとこへ飛んで行ってしまいそうな勢いよ」
配管が剥き出しの地下で、低く抑えられたルージュの声が重く響く。細やかな反響が、暗澹とする空気に混ざって全身を這い回る。
下腹部に重みを感じる。得体の知れない質量が蠢くような感覚だ。急速に首を擡げた違和に強烈な不快感を覚え、僕は生唾を飲み下す。
ルージュの瞳が上から下へと動く。少しの異変も逃すまいとするような鋭さで僕の全身を観察し、そして再び目を合わせた。
やがて「ああ」と感嘆とも合点ともつかないような声を上げ、にやりと口角を吊り上げてこう言ったのだ。
「まるでケダモノみたいだわ」
そんなルージュとの遣り取りがあってから、ミッションの合間を縫って重ねていたナックルズとの逢瀬にも変化が起きた。
エンジェルアイランドへ向かう足取りが重く感じるようになったのだ。
しかし足を踏み入れてしまえば、どうということはない。目が合うと表情筋は自然と緩むし、抱擁を交わせば彼の温度に安心も覚える。そして僕と彼だけしかいないのをいいことに、この島で最も高い丘の上で身体を繋げれば、その開放的な空気にあてられてより燃え上がる。
そう、いつもと変わらないはずだった。
「なぁシャドウ……今日はもうやめとくか?」
一度目のオーガズムのあと、普段なら彼の体力が続く限り何度も繰り返す。しかし今回ばかりはどうしてか、その彼自身がおもむろに手を止めたのだ。
「なぜだ」
見たところバテている様子はない。ペニスも勃ったままで、彼が中断を切り出す理由がまるで不明だ。
ただずっと、眉を顰めて何か思案しているのは気になった。
彼――ナックルズは僕の腰を掴んでいた手を離し、だらりと下ろす。
ナックルズは何か思案しているようだった。右へ左へ、視線の所在を探す様がいとけなく見えるのだから不思議だ。惚れた弱み、というやつかも知れないが、少なくとも僕の目に映る今の彼は、パワフルから最も遠い姿だった。
「役割の話なら気にしなくていい。たまたま僕が下になりたいと思う日が続いているだけだ」
「それは……ッ……そうなのか?」
そしてその思案の中で、僕の言葉を否定する科白を用意していたのだろう。被せるように言いかけて、けれど咄嗟に呑み込んだ。
「いや、そうじゃねぇ」
が、やはりまだ釈然としないらしい。厳しい顔がみるみる険しくなっていく。キリリと吊り上がったアメジストの双眸が、僕の目を真っ直ぐ睨む。
ナックルズは言った。「やっぱり最近のお前は変だ」と。
「ナマでしたいと言い出したのはいつからだ? 最初はニューヨークで流行りのプレイを持ってきただけかと思ったが……違うだろ」
「違わないさ。この方が何倍も快感を得られると小耳に挟んだから、実践してみたいと思っただけだ」
「嘘だ」
「嘘じゃない。現に僕はずっと君を受け入れたいと思っている」
今日はやけに食い下がるな。こんな言い争いをするために来たわけではないのに、彼の様子では納得するまで解放してくれなさそうだ。
隙を見てここから逃げ出してしまおうか。カオスコントロールで転移するところまで考えて、しかし次の逢瀬で気まずくなる未来が見えて実行に移せない。何より、僕の腹はまだ飢餓を訴えている。その飢えは眼前の彼でなくては満たされないのだから厄介だ。
やがて言葉よりも多弁なナックルズの視線が、落ちた。
「なあシャドウ……俺たちは対等な関係のはずだ。違うか?」
「当然対等だ。関係を始める際に、そう約束を交わしただろう」
「ならなんでお前ばっかりが突っ込まれる側なんだ」
「それはさっきも話した通りだ。そういう気分が続いているだけで」
そして、再び双眸が持ち上がる。
「俺も同じ気分だと言ったら?」
「なに……」
欲を孕んだ上目遣い。しっとりと熱を帯びる様はまるでメスのようだ。大きな掌が彼自身の腹に触れ、空腹を訴えるように這い回る。その位置は胃のある場所から僅かに低い。
僕はその仕草の意味を知っている。
「この行為に意味はねぇ。俺達はオス同士で、どっちが下になっても、何遍ヤっても、子孫なんざ増やせない。でもお前との関係をやめる気はねぇ。それは俺が使命を全うする間は、種族の存亡よりも、お前との時間を守りたいからだ」
シャドウ、とナックルズが僕を呼ぶ。まるで同意をせがむ子供のように、無垢で残忍な現実を突きつけてくる。
そして無意識に僕も、彼と同じように自らの腹に掌を這わせていた。いまだ燻り続ける飢餓感に、恐怖にも似た悍ましさが込み上げる。
「何があった? こんなことを続けても、お前の腹は下るだけで何も残らねぇんだよ」
「そ、んなことはわかっている」
ナックルズの顔に、僕をケダモノと罵ったルージュの表情が浮かぶ。似ても似つかぬ二つの顔が重なったかと思うと、突然に彼女のことが羨ましくなった。
――そうだ。
メスである彼女ならば残せるのだ。行為の意味も、記憶の物的証拠も。
「……ッ、シャドウ?」
腹に置いていた手を彼の首に回す。先ほどよりもきつく抱き締め、衝動のままに温もりを求めた。僕よりも僅かに高い体温。刻み込みたい。忘れたくない。
ルージュは僕の獣性に気付いていた。無自覚で理性的なフリをする僕に「スナオになってしまえ」と、言外に囁いていたのだ。
繰り返す逢瀬と行為の意味を、彼に尋ねたことはない。理由は、その一言によって互いの関係が終わってしまうことを恐れたからだ。不毛な関係という客観的事実を自覚し合えば、愛おしさだけのセックスは二度とできなくなる。
「……もう一度シよう、ナックルズ……」
だが彼も、僕と同じく唯一種でありオスだ。とっくに不毛を自覚していてもおかしくないのだから、彼女の言う通りもっと素直になってもいいのかも知れない。
「今度は僕が上で構わない……だから、もっと……」
肩口に顔を埋めたまま、僕は恋人を求めた。